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星草村歴史博物館のおはなし(7)―ネコがネコになったはなし―   作:せい

 朝七時半になり、博物館が開館すると、とたんにカメダさんたちは忙しくなります。この日もそうで、開館時間きっかりに、たくさんのお客さんたちが入って来ました。
 とつぜん、だれかに肩をたたかれ、カメダさんが振り向いてみると、そこには、見慣れないお客さんが立っていました。
「もーしもし、ぼーくは、トラノー・トラーダというのでーすが、こーこには、昔から語りつがれている民話とか、あーりませんか?」
「ええっと、民話ですか・・・」カメダさんは、外国から来たらしいこのお客に、すっかりめんくらってしまいましたが、じきに、いつものカメダさんにもどり、ピンと張った声で言いました。「ちょっと、お待ち下さい。今調べてまいりますので」
「どーうも、あーりがとうございます」
 カメダさんが持ってきた民話の数々を見て、トラーダさんは、いいにくそうに言いました。
「すーみません。もーっと、おーもしろいの、あーりませんか」
「すみません、星草村の民話はこれくらいしかないのです・・・あっ!」
カメダさんは、ポンと手を打ちました。
「あの、ここの民話でなきゃ、いけませんか?」
「どーういう、こーとでしょーか」
「ここ出身の動物が作ったお話でもいいですか?」
「う〜ん、まあ、いーいでしょう」
「それなら・・・」
カメダさんは、急いで自分の部屋へ行くと、『動物の歴史大百科』をかかえてもどってきました。そして、不思議そうな顔をしているトラーダさんの前で、大百科を開いたのでした。
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
第十三章「ネコがネコになったわけ」     ホシク・サムラ著
 家にこもり、大好きな実験をやっていたネコのもとへ、親友のカラスがやって来ました。
「やあ、ネコ君。君は相変わらず、科学的だねえ。今日は何を作っているんだい?」
「動物に筋肉をつける薬だよ。ただし、一時間だけね・・・で、今日は何かあったのかい?」
「君、知らないのかい!」
「ぼくが社交的でないことは、君も知っているだろう」
「そうだった。じつはな、来月の十二日、野原で『力持ちはだれだ大会』をやるんだ」
「へーえ、そんなこと、ぼくは嫌いだね」
「それぐらい、ぼくだって分かっているよ。ただね、困るのは、その大会に、ネコ科の動物が、みんな出場することなんだ。あっ、ライオンは審査員だから、出ないらしいけど。」
「へーえ、別にいいじゃないか。何が困るんだい?」
「みんな、君が大会に出ようとしないから、弱虫だと思っているんだ。それで、君をバカにしている。ねえ、君も出場してくれよ」
「いやだよ。ぼくをバカだと思っている連中には、そう思わせておけばいいさ」
「ぼくは君がバカにされているのを見ていられないんだ。なあ、お願いだよ。出場してくれないか」
友だちにそこまで言われては、かないません。ネコはしばらく考えた後、言いました。
「分かったよ、出場しよう」
「わーい、やったあ!ありがとう」
カラスは大はしゃぎです。ネコは、少し照れくさそうに頭をかきました。そのとき、不意にカラスがさけびました。
「どうしよう、ネコ君!」
「今度は何だい」
「あのさ、君ってヤマネコや、チーターにくらべたら、力、弱いよね。君が出場して負けたら、よけい、いじめられよ」
「君が、出場しろって言ったくせに。うーん、でも、どうしよう。あのさ、その大会って、何をやるの?」
「井戸の水汲みさ。いちばん早く水を汲み終えた動物が、勝ちなんだって」
カラスは、不安でガクガクしながら説明しました。ところがネコは、それを聞いて安心したようです。
「なに、かんたんじゃないか。今、ぼくが発明した薬をちょっと改良すれば・・・ぼくが考えた作戦はね・・・」
そしてネコは、カラスの耳に、そっと、その作戦をささやいたのでした。
 その日から、ネコの家では、ヒューヒュー、バチバチ火花が飛び、家の窓を、何かが突き破ることもありました。動物たちは、またネコが変な実験でも始めたな、と思い、あきれていました。
 いよいよ、大会当日になりました。いつもは静かな野原が、今日は動物たちの熱気と活気で、あふれかえっています。そして、とうとう、審査員たちが席につき、選手入場の鐘が鳴り響きました。先頭に立って入場してきたのは、チーターです。ピチピチのスポーツウェアに長身をつつみ、サングラスをかけ、オリンピックに出るスターのようです。次に入って来たのはヤマネコ。特に、派出なかっこうではありませんが、体力があり、確実に優勝を狙えそうです。
 その後も、たくさんの選手たちが入場して来ました。そして、最後にネコが出てきました。ネコを見たとたん、観客たちは
「ああっ!」
と声をあげました。これまで、この大会に出ないから、と言って、ネコのことをさんざんバカにしてきましたが、まさか、ほんとうに出場するとは思わなかったのです。それに、いざ出場するとなると、おそろしいものです。偉大な発明家のモグラでさえ、ほめるほど、ネコには科学の才能があったからです。もしかしたら、ロボットをつくっていて、水汲みを手伝わせるつもりかもしれません。
 選手たちがスタート地点についたとき、観客たちから、声があがりました。
「ズルイぞ、ズルイぞ!」
審査員たちは、おどろいて
「静粛に!」と言いました。「観客たちのなかで、だれか一匹、代表で意見を言ってくれ」
しばらくざわめいた後、水中モグラが立ち上がりました。
「審査員の方々。ネコは、ほかの選手たちにくらべて、だいぶ力の弱い選手です。そんなことは、ネコも分かっているはずです。それなのに、わざわざ出場するなんて、何か仕組んであるのでしょう」
「ううむ、もっともな意見ではあるな・・・おい、ネコ。おまえは、何か不正をしているのか」
ネコは、バカにしたような目で、ちらっと審査員をながめると、言いました。
「もし不正行為をしていたとしても、それを正直に言うわけ、ないでしょう」
「そういうことを言うとは、おまえは不正しているに違いない!」
観客の一匹がさけびました。
「静粛に!」と審査員。「ネコ、おまえの荷物を検査する。また、おまえが、体を強くする薬などを飲んでいないか、身体検査もさせてもらおう」
何匹かの審査員がやってきて、ネコが薬や機械を持っていないかどうか、荷物を検査しました。また、口の中に薬をかくしていないかどうかも、検査しました。
「ネコは、不正行為をしていない」
やがて、一匹の審査員が観客に報告しました。観客たちはやっと、さわぐのをやめました。
 改めて、選手たちはスタート地点に立ちました。
「よおい」一匹の審査員が、ピストルをかまえました・・・「スタート!」
バン!たくさんの選手たちが、百メートルほど先の井戸に向って駆け出しました。ネコは、走りながら自分の毛を何本かひきぬき、口に入れました。とたんに、ネコの足はぐーんと早くなり、あっという間に、トップを走っていたチーターを追い抜きました。井戸についても、その力は衰えませんでした。わずか一秒で鉄の桶に水を汲むと、二百メートルほど先の台に走り、台に桶を置きました。それから、ゴールまでの百メートルを、猛スピードで駆け抜け、みごと一位になったのでした。ええ、そう、ネコの毛こそが、力をつける薬だったのです。ネコとカラスは、何度も実験をかさね、ネコが作った、液体の薬を細長く固め、毛の間にくっつけたのです。そして、結果はごらんのとおり、大成功でした!
 動物たちは、さっきの検査で、ネコが不正行為をしていないことが証明されたので、ネコが何もかも実力でやってのけた―ある意味、そうともいえますが―のだ、と思い込みました。そんなわけで、ついさっきまでは、出場者のなかで一番バカにされていたネコが、今では一躍有名のスターになったのです。(完)
  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
「おー、すごーい、お話ですねー」トラーダさんは、感激したように言いました。「あー、でもー、もう、失礼しなくては、なーりません」
トラーダさんを見送った後、満足そうな顔で外を見ているカメダさんのところへ、カメヨがやって来て、言いました。
「カメダさん、サハラ砂漠から来た、ラクダ・ラクーヨさんって方が、星草村の民話を教えてほしいって!」




     *作者あとがき*
 

      星草村七話目、ど

      うでしたか?前回

      のあとがきには、

      日付を入れるのを

      忘れてしいました。

      2012年3月4日

      です。まあ、入れな

      くっても、どうって

      こと、ありませんが。

      ということで、これ

      からもよろしくお願

      いします。


                 2012年3月4日  自宅にて