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星草村歴史博物館のおはなし(8)―サルがサルになったはなし― 作:せい |
開館時間になりました。七時ごろから並んでいたお客さんたちが、どっとなだれ込んで来て、さあ、カメダさんたちは忙しくなりました。体も動かしますが、それ以上に、「はい、あちらです」「こちらにございます」ってぐあいに、口も動かさなくてはなりません。
やっと、お客の勢いが治まり、一息つけるようになったころ、カメダさんは、肩をたたかれたような気がして、振り返りました。そのとたん、後ろに立っていた、カメダさんと同じくらいの歳の、犬のような猫のようなおばさんが、ニッコリわらって言いました。
「カメちゃん、あなたの博物館は、とてもステキね」
これを聞いて、カメヨたちは危うく卒倒しそうになりました。カメちゃんですって?カメダさんをカメちゃんと呼ぶなんて。絶対怒られるに決まっているのに・・・この方、気は確かかしら!その方は、気は確かでした。それに、カメダさんは怒りませんでした。だって、この犬とカメダさんは、高校の同級生なんだもの!高校生だったころは、カメダさんも今ほど気むずかしかったわけではありませんし、この犬のおばさんは、長いこと外国でくらしていたので、カメダさんがどんな亀になったか、知るわけがないのです。
「わたしのこと、覚えている?飯井(イイ)衣音湖(イネコ)よ」
「・・・覚えているよ」
どうして、忘れられるでしょう?イネコさんは、カメダさんの初恋の動物だったのですから!
「カメちゃん、忙しそうね。また来るわ。じゃあ、またね〜」
うれしさのあまり、ぼーっとしているカメダさんを残して、イネコさんは帰って行きました。
「カメダさん、動物の歴史大百科でも読んできたら?」
サネリに言われるまま、カメダさんは自分の部屋へ入って行きました。
* * * * * * * * *
第二十章「サルがサルになったわけ」 マチノ・ネズ・ミ著
そのころ、動物たちは、たいへん人間をおそれていました。それもそのはず。得体の知れない道具に身をつつみ、ずっと向こうにいると思ったら、何かが飛んできて、お陀仏になってしまうのですから、恐れるのはあたりまえです。人間は、自然の中では圧倒的に多く、強く、そうですね・・・独立している、といえたでしょう。でも、どの時代でも独立者というのは、不思議な魅力があるのです。そして、その魅力に惹かれる者がいるのです。
サルも、その一匹でした。サルは、本当に弱虫で、頭が悪く、いつもだれかの後についていなくてはならないのでした。ですから、この広い世界を思いのままにできる人間が、とてもうらやましいのでした。(ああ、ぼくも人間になれたらなあ!)サルは、寝てもさめても、そのことばかり考えていました。
ある日のことでした。動物たちの学校では、毎朝、先生が生徒たちに世界の偉人たちの話をしてくれることになっていました。今日もそうで、「朝の会」が終わると、生徒たちは先生のまわりに集まりました。
「さあ、今日はガリネコ・ガリガリのお話をしましょうね。この猫は、イタリアのトスカーナ大公国というところで生まれた、本当に偉い方なの。ふりこの働きを発見したのよ。それも、独自の方法でね!それに・・・」
だれも知らないことを発明したんだって!それも、独自の方法で!サルには、ガリネコ・ガリガリが、神さまよりもすごい存在に思えました。(ぼくが求めていたのは、こういう動物だったんだ!よおし、ぼくも人間になれるよう、がんばるぞお)サルは、こう決心しました。
あくる朝。サルは、図書館へ出かけ、かばんがゆるすかぎり、ガリネコの伝記をつめこみました。それから家へ帰ると、ご飯を食べるのも忘れて伝記を読みあさりました。
「な、なるほど!」
「うむ、さすがだ」
「ま、まいった!」
と、こんな声をあげながら。そして、次の朝までには、昨日借りた三十冊の伝記を、すべて読み終えていました。サルは、本当にすがすがしい気持ちで図書館へ行くと、本を返し、今度は人間についての図鑑を二十冊借りました。(かばんは、もうやぶれかけていました)そしてまた、その日も、朝から晩まで図鑑に夢中になっていました。
「ほお、さすが」
「あったま、いい!」
「へーえ、おもしろい」
と、こんな声をあげながら・・・何日かすると、ガリネコと人間に関して、サルの読むものはなくなってしまいました。図書館の本も、本屋さんでも、家にある本も、すべて読んでしまったのです。そこでサルは、自分の体を、「人間的な身体」につくりかえることにしました。初めの何ヶ月かの間、サルは二本足で立つ練習をくりかえしました。そして、やっと少し立てるようになると、本屋じゅうのドリルやら参考書やらを買い集め、頭をきたえるトレーニングを初めました。それは、本当に本当にむずかしい問題でしたが、何ヵ月後かには、サルも、足し算ができるようになりました。それで、サルは満足しました。(ぼくはもう、人間なのだ。能力的には問題ないぞ)と。(さあ、あとは、外見だけだ。髪の毛をつけ、毛をそり落としたら、完全なる人間だーっ)
そんなある日。動物たちの学校では、お遊戯会が開かれることになりました。全校の生徒たちが、全員、何か自分の特技を披露するのです。逆立ちとか、けん玉とか、あるいは作文とかね。けれども、困ったことに、たいていの子どもたちが、逆立ちか、けん玉でした。これでは、一人一人の特技ではなく、全校で同じものを練習したようです。先生たちは、困ってしまいました。でも、今さら変える時間はありませんし、ほかには何も思いつかないので、そのまま練習をすすめるしかありませんでした。
ところで、サルは何を披露しようとしているかというと、けん玉でした。得意、というわけではないけれど、これしか思いつかなかったのです。
やがて、お遊戯会当日になりました。みんな、派出な衣装に身をつつみ、きちんと並んで立っていました。つまらなそうな子もいれば、得意そうな子も、楽しそうな子もいました。サルは、二番目に出るので、少々緊張気味でした。
タラリーラ、ラララータ、リンリーン。静かでかわいい音楽とともに、お遊戯会は始まりました。一番初めに披露するのは、バッファローの女の子でした。この子は、人間の物まねを披露する予定ですが、これまでの練習で、人間らしい動きに見えたことは、まだ一度もありませんでした。タラリーラ、ラララーリ、パンパーラ。バッファローの女の子は、二本足で立ち上がろうとして、あっちへふらふら、こっちへふらふら。よっぱらいにさえ、見えません。わらえるどころか、この子、病気なんじゃない!と思ってしまうほど、よろよろダンスです。舞台そでから、この様子を見ていたサルは、たまりませんでした。ぼくだったら、もっとうまくできるのに!足し算だって、できるのに!そして、とうとう、がまんできなくなり、けん玉を放り出し、舞台へ躍り出ました。(運よく、ちょうど、バッファローの女の子が引っ込んだところでした)先生たちは、けん玉を置き忘れたんだ、と思ってあわてましたが、そんなことはありません。サルは、得意顔で、ゆっくりと二本足で立ち上がり、舞台を一周してみせました。
「おおー」
お客たちは、感嘆の声をあげました。これにすっかり気をよくしたサルは、舞台の真ん中まで歩いて来ると、「一+一=二。二+二=四。四+四=八。八+八=十六・・・」というふうに、足し算の暗礁をはじめました。お客たちは、魔法にかけられたように、じっと固まっていました。
やがて、サルの演技が終わりました。パチパチパチパチ!せまい教室中に、われるような拍手の音がひびきました。舞台袖に帰ってからも、サルはみんなに褒められっぱなしでした。
「あなた、けっこうやるじゃない!」
「本当は、頭いいんだね」
「いつから、そんな天才になったのかい」
先生にも、
「あんなにすばらしいことができるのだから、ふだんも真剣にやりなさいね」
と言われたほどでした。
大人になってからも、サルは人間の真似を続けています。小さな屋台を出し、商品を買ってくれたお礼に、人間の真似をするのです。たとえ人間になれなくても、いや、ならなかったから、よかったのかもしれないな。サルはそんなことを考えながら、今日も屋台を出しています。 (完)
* * * * * * * * *
「ふう〜」
カメダさんは、大きく息をつきました。『動物の歴史大百科』を読んだ後には、必ず、とても満ち足りた気持ちになるから、不思議です。読む前が、どんな気持ちであろうと、そうなるのです。カメダさんは、ゆり椅子によりかかり、この充実感を味わっていました。その時、シカダの声がしました。
「カメダさーん、イネコさんから、電話ですよ〜」
「いっ、今行きまーす!」
カメダさんは、パッとゆり椅子からおりると、一目散に、電話めがけてかけて行きました。
*作者あとがき*
ふう〜、やっと終わった
あ!って感じです。カメ
ダさんと同じ、満ち足り
た感じです。
星草村も、あと一作。
ぜひ、読んでくださいね!
2012年3月10日 自宅にて
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