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星草村歴史博物館のおはなし(6)―トラがトラになった話―   作:せい

 ある朝、カメダさんたちが掃除をしていると、博物館のベルが鳴りました。開館時間前にだれか来る、というのは、そうしょっちゅうあることではないので、カメヨが
「どちらさまですか?」
と聞きますと、ドアの向こうから、
「来温野(ライオンノ)星野(ホシノ)です」
という答えが返って来ました。カメヨは急いでドアを開けました。
 「わざわざ早朝にいらっしゃるとは、何か重大な用事でもあるのですか?」
応接室に、ホシノさんを案内しながらカメヨは聞きました。ホシノさんは、総理大臣なので、総理がわざわざ来るとは、何か重要な用事を言いに来たのだ、と思ったのです。するとホシノさんは、深刻な顔をして、
「ええ、カメダさんに、重大な用事がありましてね・・・ちょっと・・・」
と答えました。カメヨはとても気の利く女の子でしたから、「ちょっと」の続きが「席を外してもらえないか」だと察し、ホシノさんに「ごゆっくりどうぞ」と言いうと、自分は掃除の続きにとりかかりました。
 「さて、重要な件とは何でしょうか」
カメダさんは聞きました。すると、ホシノさんは
「動物の歴史大百科を拝見させてもらえますかな」
と言いました。カメダさんは、そんな小さなことで、わざわざ来るくらいなら、もっと国民のことを考えてほしい!と、少しおこりましたが、相手は総理大臣です。ふつうに歯向かえる相手ではないので、仕方なしに、
「ええ、どうぞ」
と答えました。そして、『動物の歴史大百科』をとってくると、目を輝かせているホシノさんのとなりで、バサッと適当にページを開き、これまでにないくらい、たいへん不愉快な気持ちで読み始めたのでした。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

第五章「トラがトラになったわけ」       ゾウト・カバ著

 そのころ、動物の国を治めていた王様は、トラでした。もう、長い間王様をやっていたので、なぜ、トラが王様になったのか覚えている動物は、一匹もいませんでしたが、トラは、いつも遊んでばかりいて、ちっとも公務をしたことがないので、みんなは、早く王様を辞めてほしい、と思っていました。
 ある朝のことでした。トラがいつものように、家来に運んでもらった朝食を、絹の布団の上で食べていると、一匹の家来がやってきて言いました。
「お食事中申し訳ございません、閣下。重大な報告がありまして」
「ふむ、なんじゃ」
「先日、閣下の政治に対し、文句を言ってきた者がありましたよね」
「ライオンとかいったな。おや、国民がさわいでおる。何かの?」
「そう、その者です。どういうわけか分かりませんが、今、国民が尊敬しているのは閣下ではなく、ライオンのようです。国民たちは閣下の政治に不満を感じているようです」
「なぬ、本当か!」
「はい」
「きっと、ライオンがそそのかしたに違いない!だれが、このわしに不満を感じるというのだ!きっと、ライオンめは、わしが国民に尊敬されていたので、うらやましかったのであろう」
「・・・そう・・・に違いありません」
「たしか、ライオンは、頭のまわりに毛をはやしておったな」
「ええ、今、国民の間で人気の、『ライ・オン・ヘア』です」
「そんなことは、どうでもよい。そのライオンとやらは、どれくらいの力があるのかね」
「さあ?でも、閣下よりかは・・・いえ、閣下くらい、強いと存じますが」
「そうか。きっと、わしより強くなろうと筋トレをしたのだな。だが、わしは公務があるので、そのような暇はないわい。どうしたらよいかの」
「はあ、存じませんが」
「そうだ!ライオンは、たいへん個性的なやつであったな」
「ええ」
「それなら、わしも人目・・・いや、動物目をひくような格好をすればよいではないか」
「いいお考えですね」
「よし、そうと決まったら、早速やってみよう!どのような格好にしようか。おい、個性的な動物の名を、あげてみろ」
「はあ、ええっと・・・クジャクに、コブラに、シマウマに・・・」
「それだっ!シマウマにしよう」
「でも・・・シマウマの真似は、すぐバレルのでは?」
「だれが、真似をすると言った!わしは、参考にするのだ、参考に!」
「はいはい」
「ところで、シマウマのシマみたいなシマをつけたいのだが、何をぬればよいかの。ちょいと、シマウマに聞いてみてきてくれ」
「えーっ!あ、今のは失言です。お許しください・・・あの、シマウマはどこに住んでいるのでしょう」
「うむ。リンゴのが丘と聞いたぞ」
「はっ、かしこまりました」
そして、家来は出かけて行きました。数日後、もどってきた家来は、手に大きなツボをかかえていました。
「そのツボは何じゃ?」
不思議そうに聞くトラに、家来は少し強い調子で言いました。
「シマウマのシマの元です!」
「なぬっ!早うぬれ、早う」
家来は、ひどいしかめ面をしてみせましたが、トラはまったく気がつきません。家来は、仕方なしに、トラの体に、シマの元をぬっていきました。
「何か、変な感じだが、これでよいのかの」
「ええ。一ヶ月は、じーっと横になってなくちゃならないようですが」
「なにっ、公務ができんではないか!でもまあ、国民のためだ。し方がない・・・」
トラは、明らかに演技と分かる嘆き方をしたあと、「ああ、いやだ、いやだ」とうれしそうに言いながら、ベッドに入ってしまいました。
 一ヶ月後。頭のさきから、つま先までシマシマになったトラが、「ああ、やっと公務にもどれる!」と、悲しそうに言いながら出てきました。家来は、ため息をつき、首をふりました。
 数日後。部屋の戸をノックされたのに気がつき、トラは、家来だと思い込み、
「入れ」
と言いました。ところが、入ってきたのは家来ではなく、ネズミで、しかも、そのネズミは、入ってくるなり、王様にこうさけんだのです。
「もう、わたしたちは、がまんできません!王様を辞めてください」
初め、トラは自分の耳が信じられませんでした。それでも、やっとネズミが本気なのが分かると、何とかうまいことを言って、一応やりすごしました。ところが次の日。今度は、イタチが文句を言いに来たのです。それも、何とかやりすごしましたが、次の日も。また次の日も、動物たちが文句を言いに来ました。とうとう、やりきれなくなったトラは、ある晩、こっそりと森へにげだし、それ以来、めったなことでは、みんなの前に、姿をあらわさなくなりました。動物たちが喜んだことは、いうまでもありません。
                       (完)
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
「さあ、これでいいでしょう」
と、カメダさんは得意げに言いました。
「は、はあ。ありがとうございました」
総理大臣は、決まり悪そうに頭をかくと、すごすごと帰って行きました。












      *作者あとがき*
 

     本当は、ホシノさんは、もっといい

     動物のはずだったのですが、こうな

     ってしまいました。それで、ホシノ

     さんの詩集も、投稿するのをやめま
     
     した。はっきり決まったわけではな

     いのに、予告するの、これからはや

     めておきます。