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星草村歴史博物館のお話(5)―ライオンがライオンになった話― 作:せい

 カメダさんたちは、歴史博物館のすみのテーブルを囲み、トーストと、カメヨの作った、おいしいニンジンスープを食べていました。朝の明るいお日さまがさしこみ、あたりはしーんと静かで、本当に気持ちのいい朝でした。そのとき・・・・・・
「おはようございまーす!」
郵便屋さんのような陽気な声で、その静けさはやぶられました。もちろんのこと、カメダさんは不機嫌になりました。それでも、お客さまだもの、評判を悪くしないためには、ていねいな対応をしなくてはなりません。カメダさんは入口へむかいました。―そこに立っていたのは、何とも風変わりな鹿でした!木の枝に、緑色の風呂敷包みをさげ、風来坊のようでした。
「まだ開館時間ではありませんよ。」
カメダさんは、冷たく言いました。
「えっと、ぼく、湯加居菜(ユカイナ)史加騨(シカダ)って言います。ここで働きたいんだけど。」
鹿の方は、少しだけ、カメダさんのにらみにおどろいたようでした。カメダさんは、ここぞとばかりに、大きな声で、
「いいえ、もう、十分動物手は足りています!他へ行ってください。」
と言いました。ところが・・・・・・
「う〜ん、ちょっと古くさいけど、なかなかよさそうだな。よし、きーめたっと!」
シカダは、カメダさんなんてものともせず、ずかずかと館内に入ってきました。そして、もっとしゃくにさわることは、カメヨやサネリまでが、シカダを歓迎しているようなのです。もう怒った!カメダさんは、いつものプライドを忘れ、自分の部屋へかけこむと、ドアをバッターン!としめました。そして、気をしずめるために、『動物の歴史大百科』を読むことにしたのでした。
  *  *  *  *  *  *  *  *  *
第三章「ライオンがライオンになったわけ」ライオン・トネズミ著
 ライオンは、「百獣の王」といわれていますが実のところ、それは昔っからだったんです。そのころ(まあ、今もですが)ライオンというのは、気品があり、堂々たる、まさに王にふさわしい生き物だ、とみんな思っていまし、実際そのとおりだったのですが、たった一つ、ライオンには悩みがありました。それは「脱け毛」でした。これは、ちっとも王様にふさわしくない悩みごとでしたので、ライオンは誰にも話せず、日々悩んでおりました。そんなある日。ふと、窓の外をながめていたライオンは、雨あがりの野原を、鹿と馬とロバとが歩いているのを見つけました。みんな、さすが最近の女の子。とてもきれいでしたが、なかでも馬は美しく、つややかな毛並みに、手入れのゆきとどいたひづめ。ファッション雑誌のモデルのようでした。
 ライオンは、はぁ〜とため息をつきました。でもそれは、馬が美しいからではなく、ううん、まあ、それもあるけれど、馬の鬣が美しいからでした。ふさふさした長いたてがみが風になびいて、それはそれは、美しいながめでした。(ああ、私にもあんなたてがみがあったのに。)ライオンは恥ずかしいのと、ゆううつなのと、悔しいのとで、こう思いました。(もう一度若いころにもどりたい!)
 ガチャッ。玄関のドアが開いて、おくさんライオンが帰ってきました。ライオンはおくさんを見て、またため息をつきました。二人(あるいは二頭)とも同じ年齢だし、おくさんの方がたくさん働いているはずなのに、おくさんは実際の歳より、二十くらい若く見えるのでした。
 「まあ、あなた、このごろ、ずいぶんと毛がうすくなったようですけど。」
ライオンの苦労を、少しも知らないおくさんが言いました。
「ばかなこと言うもんじゃない!私は永遠の二十歳なのだ。」
ライオンは泣きたくなるのをこらえて言うと、急いで自分の部屋へひきあげました。そして、こっそりパソコンを開きました。
一週間後。
「じゃ、行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。」
今日は、おくさんの美容の日。一日中、体を整えて歩くのです。いつもなら、おくさんが出かけてしまうと、少しさみしく思うライオンでしたが、今日は早くおくさんに出て行ってもらいたくて、うずうずしていました。なにしろ今日は、今後の人生に関わるような、とても大事なことがあるのです。そして、その「大事なこと」に、おくさんは、あまり関わってほしくない、というのがライオンの気持ちでした。
ありがたいことにおくさんの方も、早く体を美しくしたい、と思っていましたから、ライオンの「大事なこと」が始まる前に、出かけてしまいました。
数時間後。
「こちら、ハイエナ配達です〜。発毛薬を配達にまいりました〜。」
気持ちの悪い、いかにも「悪党」って感じの声がしました。
「あ、はーい。そこに置いといてくれたまえ。」
ライオンは、ゆり椅子にこしかけ、『五十歳からの哲学』を読みながら言いました。すっかり満足しきっている様子でした。
 ハイエナ配達さんが帰ってしまうと、ライオンはよっこらしょ、と立ち上がり、玄関に行きました。そして、カーッぺットの上に置いてあった、いかにも「毒薬」って感じの液体が入った小びんを取り上げると、台所へむかいました。そして、小びんのふたを開けると、コップ一杯の水といっしょに、「毒薬」って感じの液体を飲み込みました。
 その日の夕方。帰ってきたライオンのおくさんは、夫がいつにましても、上機嫌なのに気がつきました。が、(きっと、モーツァルトのシーディーでも買ったんでしょうね。よかった、よかった。)とたいして気にもしませんでした。
 あくる朝・・・・・・。
「ぐぎゃーっ!」
動物たちは朝のさわやかなねむりから、ただちにおこされました。かいじゅうかきょうりゅうがあげる、瀕死のさけび声のようなものが聞こえたのです。
「何があったんだ!」
「ひなんしなくては!」
「おれは、男だ!何としても戦うぞ!」
動物たちは、みんな・・・・・・いえ、ライオン以外は、みんな外へ飛び出しました。けれど、見たところ、町は何の被害もうけていないようですし、待てどくらせど、何もおこりません。そのうち、みんな、きっと、だれか臆病な動物が、おどろいたか何かで、悲鳴をあげたのだろうと考え始め、帰ってしまいました。いちばん最後まで残っていたのは、ライオンのおくさんでした。この人(あるいは動物)は、何か危険なものがいると思って外に出たのではなく、その原因が分かっていて、あんまりうるさすぎたので、外に出たのでした。そしてもちろん、その原因というのはライオンでした。
 その日の朝、ライオンはウキウキしながら目をさましました。そして、ドキドキしながら鏡をのぞきました。が・・・・・・そこにうつっていたのは、馬のようにたてがみをなびかせたライオンではなく、太陽よろしく、顔のまわりに毛をピンピンさせた、ライオンでした。そしてライオンは、失望とおどろきとで、声をあげたのでした。
 太陽みたいになった毛は、いくらといても、なおりませんでした。でも、おどろいたことに、動物たちはライオンのたてがみを気に入って、口々にほめたたえました。
「しばらくお姿が見えないと思ったら、そのすてきなたてがみの手入れをするためだったんですか。」
「うわあ。ぼくもそういう毛、ほしいなあ。」
「前に増して、えらくなったようですね。」
と、こんな具合にね。初め、ライオンは、みんなが自分をなぐさめるためにこう言っているのだ、と思い、ますます落ち込みましたが、そのうちに(私は、私らしく生きていればいいのだ!)と考えるようになり、今では、たくさんの動物たちに崇拝され、とても幸せにくらしているのでした。


                  (完)
  *  *  *  *  *  *  *  *  *
 (そうだよ、働き手がもう一匹くらい増えたって、別にどうってこと、ないじゃないか。)カメダさんは、こう考え、すっかりうれしくなりました。そこで、ぱっと立ち上がると、のりのきいたシーツと、ふかふかのふとん、それにぞうきんとほうきとバケツを持って、空き部屋の一つに入って行ったのでした。