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コンペイトウの夜(二)―火星から生き物が消えたわけ―    作:せい

クリスマスの夜でした。ツキ博士と、おくさんのミツコさんは、チーズポンジュを食べながら、テレビの『宇宙速報』を見ていました。ツキ博士もミツコさんも、クリスマスの夜みたいな神聖な日に、動物を殺して作った料理を食べるなんて、感心できなかったのです。その時、急にテレビがさわがしくなりました。
「今、入った速報です!NASU(ナス)が開発した望遠鏡により、火星に生き物がいた形跡が見つかりました!もうすぐロケット発射です。アメイルカにいる、真田華(マダカ)アナウンサーから中継です。マダカさん?」
「はい、こちらアメイルカのマダカです。ロケット発射まで、あと十分!はたして、火星には、本当に生き物がいたのか!中継でした。」
ツキ博士は、しばらくだまりこんでいましたが、やがて顔をあげると、ミツコさんに言いました。
「ぼくは、火星に本当に生き物がいたのか調べてくるよ。」
「はい、わかりましたよ。じゃ、気をつけてくださいよ。」
「んじゃ、行ってきまーす。」
 博士が出かけて間もなく、『宇宙速報』に、新しい情報が入ってきました。
「今入った情報です。ロケットに、何かがくっついています!新しい情報が入り次第、お伝えいたします。」
 博士はロケットのはしっこにつかまったまま、あたりをながめました。前に来た所より、ずっと静かです。
 しばらくすると、一軒の小さな家が見えてきました。火星の家だ!ツキ博士は、パッとロケットから手をはなすと、急いで火星の家へ行き、ドアをたたきました。
「はあい。どちらさまですかね?」
ドアのむこうから、しわがれ声が聞こえてきます。ツキ博士は、緊張してカチコチになりながら、精一杯堂々とした態度で、
「地球から来た、ツキと申します。火星さんから、生き物が消えた理由をおたずねしたいと思って、参りました。」
と言いました。
「ドアは、開いています。どうぞお入り下さい。」
ツキ博士は、ほっとしてドアをおしました。火星の家は小さく、キッチンと浴室と寝室とが、玄関からすっかり見えました。
「さあ、そこの椅子にすわって下さい。」
ツキ博士は、火星にすすめられたとおり、古ぼけた小さな椅子に腰掛けました。すると、火星は、決心したように、話し出しました。

 ☆ ☆ ☆ ☆ 火星のはなし ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「今、わたしたちの星では『火星温暖化』が進みつつあります。このままでは、近いうちに爆発してしまうでしょう。」
そのころ火星では、テレビでも新聞でも、「火星温暖化」のことを話題にしていました。そう、そうなんです。火星に住んでいる(正確には住んでいた)人たちが、電気やガソリンや自然を使いすぎ、火星はたいへんなことになっているのです。いくら若くて(若かった)元気な火星も、ここまでこられてはもうたまりません。いっそ、早く爆発してしまった方が楽なのでは?と思ってしまいます。ぼくの命が、人間たちににぎられているなんて、あんまりだ!と火星はなげいていました。
 ある日、一人の火星人が、ロケットに乗り、宇宙へとびだしました。もうこのころには、宇宙飛行士でなくても、一般市民はみな、自家用ロケット、すなわち「マイロケット」を持っていました。この火星人も、ほんの遊び心で、わたしたちが、海に遊びに行くくらいの気持ちで、宇宙へ出かけたのです。
 「ああ、やっぱり宇宙はいいなあ!」
火星人は、思い切りのびをしました。むこうには太陽が見え、あちらには月が見えます。いつもと変わらぬ宇宙。大好きな宇宙です・・・・・・あれっ、向こうの方で何か動いています。丸く、丸く、丸く・・・・・・わおっ、新しい星が出来るようです。それも、けっこう大きなのが。火星人は、くるりとむきを変えました。そして、大急ぎでこのニュースを、仲間のもとへ知らせに行ったのでした。
 「カセ・イジン氏により、我々が移り住むことのできそうな星が見つかりました。」
あれから何日かたちました。新聞やテレビでは、『火星温暖化』のほかに、あの火星人が見つけた星のことが話題になっていました。火星人たちは、自分たちまで火星といっしょに爆発してしまう恐れがなくなったので、もう有頂天でした。そして、その星を見つけた無名の火星人は、今では天皇陛下くらい有名になっていました。火星人たちは、『火星を守ろう運動』を行っていた人でさえうかれてしまい、がんがん資源をむだづかいするようになりました。そんなのって、不公平で、ひどすぎますよね?
 「火星は、あと四日ほどで爆発するようです。」
ニュースキャスターが話します。が、何てことでしょうね!その声は全然、怖がっているようには聞こえません。そのニュースを見ている火星人たちも、ちっともあわてず、いつもどおり余裕の生活です。
 「が、心配はいりません。明日、カセ氏の発見した星(カセ星)に移動できることが決まりました。」
また、ニュースキャスターが言いました。とても喜んでいるようです。
 あくる朝、全部の火星人たちが大きな大きなロケット(火星人たちの文化はとても進んでいたのです)に乗り込み、火星をあとにしました。みんな有頂天で大騒ぎをしていました。新しい星ってどんなだろう?どんな生活が始まるのかな?ああ、楽しみ!
 二日後、火星人たちは新しい星に到着しました。みんな大喜びでロケットからおります。が・・・・・・パッ!あっという間に、火星人たちの姿が消えました。どうなったんだ?と見に来た火星人たちも、パッ、パッ、パッ!えっ、火星人はどうなったんだって?そんなのかんたん!みなさんがよく知っている、「きょうりゅう」になったんですよ!

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「そ、それは、ご災難でしたね・・・・・」
やさしいツキ博士は、目をうるませています。でも、ツキ博士だって、やっぱり学者です。感情ばっかりに動かされる人ではありません。ちゃんと、大事なことを言うのです。
「でも、あなたはよく爆発しないでいられましたね。」
「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ、神さまのおかげでしょうね。わしも丈夫な体でしたし。奇跡ですよ、奇跡。」
火星は何だか、さっきよりもずいぶんと明るくなったようです。よかったですね。
 「さ、じゃあ、そろそろ失礼させていただきますかな。」
ツキ博士は、立ち上がりました。すると
「あ、ちょっと待ってくださいな。わざわざ、わしの話しを聞きに来てくれてありがとう。ほい、これお礼ですよ。」こう言いながら、火星は淡い、赤色のコンペイトウが入った小箱を博士の手にのせました。「食べてもなくならないコンペイトウですよ。」
「わ、ありがとうございます。」
博士は、うれしくてたまりませんでした。
 「あなた、カメダさんから手紙よ。」
モーツァルトの音楽を聴きながら読書をしていたツキ博士は、ゆっくりと立ち上がりました。そして、どんな手紙かな?と楽しみにしながらポストにかけて行ったのでした。