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コンペイトウの夜(1)―月にクレーターができたわけ―   作:せい

 星草村という村のとなりに、月草村という村がありました。その村には、いっけんの宇宙資料館があり、中年の、おじさんスラーフと、そのおくさんスラーフが働いていました。えっ?スラーフってなにかって?そんなのかんたん、スラーフってね、猫くらいの大きさの人間のことですよ!そして、そのスラーフの名前は、おじさんのほうが、通希(ツキ)鎖具流(サグル)。おくさんが、通希見通湖(ミツコ)といいました。おじさんのほうは、そう、つまりツキ博士です。
 ある夜、ツキ博士は夜空の真ん中で、にっこりしているようなお月さまを見て、ふっと不思議になりました。〈どうして、お月さまにはクレーターがあるのかな?隕石がぶつかったって本当だろうか。〉そう思ったら、さあ大変!ツキ博士はね、一度研究心をおこすと、その謎がとけるまで夢中になって、机をはなれるのさえ、もどかしくなるのです。今度もそうで、部屋にとびこんだツキ博士は、破裂するのではないか、というくらいに太った本棚から、分厚い本を何冊も出し、机に広げました。(本棚は『ふー』と息をつき、机は『ぐえっ』とうめきました。)けれど、何日たっても、これだ!という情報は見つかりません。月草村で一番年をとっている、村長の名画(ナガ)居季(イキ)さんに聞いてみても、昔はもっと、クレーターがあった、ということしか分りませんでした。博士は、すっかり途方にくれてしまいました。言葉どおり、「お先真っ暗」です。おまけに、今はお客が一番多い時期。おちおち研究なんてしていられません。
 ある夜、テレビを見ていた、ミツコさんが声をあげました。
「ねえ、あなた!人類が宇宙に行ったんですって!」
「へええ、それはすごい!あっ。」
博士がとつぜん、声をあげました。いいことを思いついたのです。博士は、メモ用紙になにかを書きつけ、資料館のドアにはると、ミツコさんに言いました。
「ぼくは、宇宙に行ってくるよ。たぶん、一日で帰って来られると思うけど・・・・・・。カメダ君とウミ君に連絡しといてくれないかな。」
「ええ、いいわ。どうぞ、気をつけてくださいね。」
博士がとつぜん、とっぴょうしもないことを言い出すのには、なれっこのミツコさん。博士の親友の、ウミさんとカメダさんに連絡し、博士を送り出しました。こうして、博士は宇宙に出かけたのでした。
 宇宙についた博士は、ぐるりとまわりを見まわしました。いろいろな星たちの家があり、宙にプカプカういているのです。スポーツジムも、スーパーも、デパートもありました。〈へええ、宇宙ってけっこうにぎやかだな。〉博士はだんだん楽しくなってきました。・・・・・・いいえ、でも、だめ!宇宙に遊びに来たわけではないのですから!博士はまじめな顔で、一っけんのコンビ二に入って行き、店員さんに言いました。
「すみません、お月さまは、どこに住んでいらっしゃるのでしょうか。」
すると、店員さんはあきれて
「んまあ!」
とさけびました。
「あんなにいいお方を知らないなんて!あの方はね、大スターの太陽さんといっしょに住んでいますわ。光町どおり三丁目よ。」
「ああ、ありがとうございます。」
ツキ博士は、満足して店を出ました。
 月と太陽の家はすぐわかりました。二人とも大スターなのに、家はこじんまりして、とても居心地がよさそうでした。ツキ博士は、少しドキドキしながらベルをならしました。
「はーい、今行きまーす。」
部屋の奥のほうから、きれいな女の人の声がしてきました。そして、しばらくするとドアが開き、卒倒してしまうくらいに美しい女の人・・・・・・いえ、女の星が立っていました。ああ、それはもう、美しく、気品があり、クレーターさえ、なければ本当に気絶してしまうくらいにきれいでした。でも、ツキ博士は、れっきとした学者です。星の見た目なんかで、うっとりしたりしないのです。
「あの、あなたはお月さまですよね?」
ツキ博士は早口に言いました。
「ええ、わたしが月です。どうかなさいましたの?」
月は礼儀正しく言いました。
「失礼でなければ、ですが、なぜあなたにクレーターがあるのか、お聞かせねがえますかね。」
「く、くれぇ・・・・・・なんですって?」
月は顔を赤くして言いました。『クレーター』と言うのに、とても苦労しているようです。
「ええっと、『ク・レ・エ・タ・ア』です。」
博士はていねいに教えてあげました。でも、月にはクレーターが何のことか、さっぱり分からないようなのです。
「クレートー、ちがう。クレンター、ちがうわ。クレ・・・・・・。もしかして、エスカレーターのことでしょうか?」
「いいえ、お月さま。あなたの顔にある、そのへこみのことですよ。どうして、できたんですか?」
「ああ、これね・・・・・・。」
お月さまは、両手で顔をかくし、はずかしそうでした。けれど、やがて決心がついたように話し出しました。
 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆お月さまの話し☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 むかし、むかし。そのころは、お月さまも、お日さまもたいへんな、怠け者で、朝から晩まで、宇宙のバーでお酒を飲み、踊り、仕事をさぼってばかりいました。そのため、人々の町では、気まぐれに野菜や果物が育ち、いつが昼で、いつが夜なのかさっぱり分らないのでした。もちろん、お月さまやお日さまのほうも、たいへん不規則な生活でした。
 そんなある日、美しかったお月さまの顔に、小さなぶつぶつができはじめました。けれど、お月さまは、
「あらまあ、まあ。でも、まあいいわ。また、治るでしょうから。」
と、たいして気にもとめませんでした。バーに行くときは、必ず厚化粧をしていくんだもの、これくらいのできもの、何てことないのでした。
 さて、その夜。お月さまはいつものように、恋人の・・・・・・いいえ、ちがった。恋星の、お日さまといっしょに『У―宇宙バー』に出かけました。お仕事がある、というのに!
「いらっしゃい、何にいたしましょう。」
バーの店員が言いました。
「カクテルをおねがい。」
と、お月さま。
「ぼくは、ワイン。」
とお日さま。
「かしこまりました。」
と店員。ポチッと、かべについている、何かのスイッチをおしました。すると、店内にタンゴの曲が、ながれだし、衣装をきた女の星が三星、おどり出てきました。そして、十分後には、お日さまとお月さまも、いっしょにタンゴをおどっていました。
 「フゥ〜。」
朝になり、すっかり酔いつぶれたお月さまとお日さまが帰ってきました。このころは、お月さまもお日さまも、宇宙一高い、高級マンションに住んでいました。
 家に入るなり、お化粧も落とさずに、お月さまはベッドにドカッ!お日さまはソファーにバタン!と、たおれこみ、そのまま眠ってしまいました。お仕事がある、というのにね!
 夕方になり、目をさましたお月さまは、急いでお化粧を落とし、顔を洗い、お風呂に入りました。そして、ビロードのねまきに着替えると、またベッドにドカッ!夜になっても、目はさめず、次の日まで眠りつづけました。
 それから一週間がたった、ある朝のこと。お月さまは鏡を見るなり、「キャー!」とさけんでしまいました。ね、みなさんはもう、お分かりでしょう。今までの不規則な生活がたたり、お月さまの顔は、ボコボコになってしまったのです。かわいそうに!
 お月さまは、あわてて宇宙一高級な石けん、『ペルシャ猫印のまたたび石けん』を、百個とりよせました。お日さまも、お月さまに全力でつくし(こういうところは、いいところなんですけどね。)腕のいい、『美の専門家』をたくさんよび集めました。が、『ペルシャ猫印のまたたび石けん』で洗っても、『美のカリスマ・ムーラン』さんに手当てしてもらっても、皮膚科の先生のくれた薬、『ウッジ22』を飲んでも、少ししか治らないのでした。〈どうしてダメなのかしら?〉何日か考え、お月さまとお日さまは、今までの生活が、あまりにもダラダラしすぎたんだ、と悟りました。そこで二人は・・・・・・いえ、二星は、いままでの暮らしを悔い改め、すっぱりと縁をきることにしました。
 それから何年かたちました。今では、お月さまもお日さまも、宇宙一、真面目で性格のいい星として知られていました。お月さまの顔のボコボコも、もうすぐ治りそうです。
 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「へーえ、あなたのような完璧な方にも、欠点ってあったんですね。」
ツキ博士は、感心して言いました。
「いいえ、そんなことないわ。今でも欠点だらけですわ。」
お月さまは、はずかしそうにつぶやき、はっとしたように、
「たいへん、お仕事の時間だわ!」
とさけびました。それから、家の中にかけこむと、あわい、黄色のコンペイトウが入った小箱を持ってきて、
「これ、食べても食べても、なくならない魔法のコンペイトウなんです。大事にしてくださいね。おみやげです。」
と言って、ツキ博士の手にのせました。
「ああ、どうも。」
博士はぼーっとしたままそう言うと、月に頭をさげ、月草村に帰って行きました。
 「あなた、カメダさんから電話よ。」
博士が宇宙旅行から帰って三日目。ミツコさんが、どなっているのが聞こえます。
「ああ、分かった。分かった。」
ツキ博士は、資料館に新しい展示コーナーを作っていましたが、それをやめて、電話をとりに、かけて行きました。












★作者あとがき☆


 月草村シリーズ一作目です。どうでしたか?
本当は、星草村シリーズの四作目のあとに投稿
するつもりでしたが、こちらの方がだいぶ早く
完成してしまったので、先に投稿することにし
ました。この、月草村シリーズは、第七話まで
書くつもりです。(どうして、七話までだか、
わかりますか?)ぜひ、読んでくださいね。そ
れと、もしよければ、この作品への感想、お願い
します。(起承転結が、ちゃんとしているかどうか
自信がないのです。)ちなみに、第二話は、火星の
お話です。