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星草村歴史博物館のおはなし(1)―カメがカメになったはなし―
 『星草村歴史博物館』とかかれた建物の窓に、「ただいま昼休み中。絶対立ち入り禁止!」
と書いた大きな紙がはってありました。そのとおり建物はしずまりかえってひとけはありませんでしたが、紙と窓のほそいすきまを目をこらして見れば、一匹の亀のおじさんが分厚い本とにらめっこしているのが見えたはずです。この亀の名は、実努理野(ミドリノ)亀駄(カメダ)といいました。たいへんきむずかしい、本好きのおじさんで、この博物館の館長(といっても、ここで働いているのは、カメダさん一匹だけですが)をしていました。
みなさんは、こんな感じの悪いおじさんがいる博物館なんて行きたくないと思うでしょう。ところが、星草村の住民たちはこの博物館が大好きでした。なんといっても、村に一軒きりの博物館ですし、この博物館では昔の昔の昔のことまで、ずいぶんくわしく知れるからでした。
 そんなわけで、カメダさんにはほとんど休みがありませんでした。二十四時間、三百六十五日、ひっきりなしにお客さんが来るからです。休館日にしようものなら、苦情がさっとうしました。それで、カメダさんはお客が少ないお昼ごはん時に休むしかなかったのです。
でも、カメダさんの「休む」は、体をやすめることではありません。神経を休めることでもありません。大大大好きな『動物の歴史大百科』を読むことなのです。カメダさんは、毎日のお昼休み、少しずつせっせと動物の歴史大百科を読んでいました。今日は、ここまで。今日はここまで、と決めて。そして今日は、動物の歴史大百科一巻を読み終わったので、動物の歴史大百科二巻「亀が亀になったわけ」を読むのです。
 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *
第一章 「亀が亀になったわけ」   アナグマ・グレイ著

 
 ある、天気のいい日の午後。野原を一匹のカメがふんぞりかえって、散歩していました。そのころのカメにはまだこうらがなかったので気軽に散歩することができたのです。
「こんにちは、カメさん。」
むこうから歩いてきたブタが声をかけました。手には、ステッキがわりのかさをもっています。
「ん・・・」
カメはふんぞりかえったまま、かるくうなずきました。(ぼくは、世界一、頭がよくってかっこいいのだ。こんな、できそこないのブタなんかに声をかけるなんてばからしい)と、カメは思っていました。
「今日はいい天気ですね。ぼく、りんご林に行くんですが、カメさんはどこへ行くんです?」
ブタは、にっこりして聞きました。
「んん・・・」
カメはますますふんぞりかえって、かるくかた手をふりました。ブタは、これはどういう意味だろうとしばらく考えていましたが、やがて、顔をあげるとにっこりして言いました。
「どこも行くところがないんですね。じゃ、いっしょにりんごを食べに行きませんか?」
「んんん・・・」
カメは、相手をみくだしたようにジロリとにらむと、またかた手をふりました。
「行かないんですね?」
ブタは、どうしてカメが何も言わないのだろうと不思議に思って考えていましたが、しばらくすると、
「わかった!」
 とさけんでにっこりしました。
「カメさんのどが痛いんでしょ。だからしゃべれないんですね。かぜをひいたんですね。かぜにりんごは最適!さあ、行きましょう。」
ブタはそう言って、歩きだそうとしましたが、カメがついてこないので、不思議がって言いました。
「どうしたんですか。」
(ばからしい!)カメはそう思って、ふんぞりかえったまま、立っていました。すると、ブタは不思議そうにしていましたがやがて、にっこりしながら言いました。
「何か聞かれたらどうしようって思ってるんですね。だいじょうぶ。ほかの動物には、ぼくから話しときますから。」
その時、ポツッ、ポツッ。なにかが二人の鼻におちてきました。
「雨だっ!」
ブタは、大声でさけびました。そして、手もとのかさを見ると、安心したように言いました。
「よかった。二人ぐらい入れそうですよ。」
そして、かさをひろげてカメのほうにさしだしました。
「雨にぬれると、かぜがひどくなりますよ。ぼくがおくっていきましょう。」
(なんだって!ひどい話だ。世界一のぼくができそこないブタの世話になるなんて!)カメはそう思ったので、ブタにくるりと背をむけ、走って行ってしまいました。ブタのほうは、そんなこと少しも知らず、(カメさんはトイレに行きたかったんだ!)と考えて、無理にひきとめなくてよかった、と満足して帰っていきました。
 家に帰ったカメは、あまりの寒さに真っ先にお風呂にとびこみました。
「ううう・・・さむぅ。」
しばらくお湯のなかでちぢこまっていましたが、体があたたまるとだんだん自分が、とてもえらい人のような気がしてきました。(あぶなかったなあ。もうすこしでりんご林につれてかれるとこだったよ。あんな、できそこないブタの食べてるものなんか、食べるもんか!)カメはそう考えて、ますます自分は世界一のような気がしてくるのでした。
 お風呂からあがったカメは、もう二度とあんなできそこないとかかわりたくないと考えて、家をもちあるくことにしました。そうしたら、いやだと思ったときは、すぐに家ににげてしまうことができますからね。そこで外に出て、シャベルで家をほりかえそうとがんばりましたが石でできたカメの家は、そうかんたんにはほりおこすことなどできませんでした。しかたなく、カメは建築家のビーバーと、発明家のもぐらのところへ行き、自分の体の大きさにあった石の家をつくるよう言いました。
 一ヵ月後、カメの家がとどきました。外には頭と、手と、足と、尻尾を出し入れするためのドアがついていて、中には全自動体洗い機や、全自動体かわかし機などがついていました。ついていた、といってもそれほど大きなものではなく、上と、下と、左右にほそい切れこみがあって、そこから温風がふいてきたり、水やお湯が出たりするのでした。カメはすっかり満足して、さっそく家の中に入りましたが・・・さあ、たいへん。もぐらが、接着剤のついた指で作業したものですから、接着剤が、カメの体にもくっついてしまったのです。カメはあわてて出ようとしましたが、その接着剤はアリクイがつくった特別接着剤で、二度とはなれないのです。
ちょうどそのとき、電話がなりました。カメはとりにいこうとしましたが、何しろ石をせおっているのです。そうはやくは歩けません。カメがやっと電話にたどりついたとき、電話はもうなりやんでいました。電話の相手がだれか、だいたい見当はついていました。ガールフレンドのイヌです。カメは電話をとると、ボタンをおしました。ルルルルー、ルルルルー。
「はい。こちらイヌでございます。」
電話のむこうから、きちょうめんそうな声がきこえてきました。
「あ、もしもし。ぼくだけど。さっきはいそがしくってさ、間に合わなかったんだよ。」
カメが弁解するように言うと、
「えっ、なんのこと?」
イヌはびっくりしたようにききかえしました。
「えっ、だって君のほうからきたんじゃないか。」
カメのほうもおどろいて言いました。
「何の話なの!あ、わかった。あなた、浮気したんでしょ。わたし、電話なんかかけてないわ。わたしは、イヌよ、イヌ!あなた、新しいガールフレンドだと思って話してるんでしょ。ひどいわっ!もう、わかれましょう。」
ガチャッ。
カメは、ただ呆然と立ちつくしていました。


                   (完)

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
カメダさんは、パタンと本をとじました。(ぼくたちの祖先はこんな悪いやつだったんだ)と、ちょっとショックでした。そのとき、一階の博物館で、
「こんにちはー。」
という声がしました。
「あれ、今日は休館日だったかな?」
カメダさんは本をしまうと、あわてて一階におりていきました。











    *作者あとがき*

    
   

   はじめまして。短いですが、最後まで読んでくださったかた、ありがと
   
うございます。(感想をくださるとうれしいです。)たのしんでいただけ

ましたでしょうか?

 はじめは、星草村全体のおはなしをかこうと思っていたのですが、い

ざ、書こうとするとカメダさんがじゃまするのです。それで、こういう

おはなしになったのです。実をいうと、カメダさんとカメも、もともと

はちがう性格だったのです。カメはこんなにいじわるじゃなかったし、

カメダさんは、もっといじわるだったんです。でもまあ、それはさてお

き、第二話に期待してくださいね。





                   2012/1/4


                        自宅にて