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第一章
一、不思議な開拓者一家
スウェーデンのある地方に山にかこまれた村がありました。その村のなまえは「希望村」といいました。それはほんとうに希望であふれた村でした。雨ふりだろうが台風だろうが村の人たちはみんなにこにこして助け合いました。病気の人にはみんなやさしくしました。
熱さましの薬や湯たんぽ、オートミールを持っていってあげました。だれかが何かの賞を受けるとみんなで喜びました。そんな村でしたから、みんなゆかいにたのしく、くらしていました。ある日のことでした。村人たちがいつものように畑をたがやしたりかきねごしにおとなりさんとおしゃべりをしているとだれかがやってきました。
大きくて若い、たくましい馬がひく馬車にはたくさんの荷物がつんでありました。陽気そうな顔をした男の人と、そのおくさんと思われる女の人が馬車の横を歩いていました。そのすぐ後ろから二人の女の子が歩いてきていました。彼らの名はハンリー一家といいました。
開拓者のハンリー一家です。今では開拓者はとても少なくなっていました。昔はとてもたくさんいたのに今ではめったにあえません。ハンリー一家が村にきたとき、その村の長老はそっとつぶやきました。
「なつかしいのお・・・・・」
ハンリー一家は村人たちが自分たちを見ていることにまったく気づいていないようでした。なぜってハンリー一家はほんとうはその時、村人たちの前にいなかったのですから。
ハンリー一家はちょうどその時、「心浮遊術」をやっていたのですから。心浮遊術というのは、その人の体はそこのあるが、魂はどこかべつな場所に行っている、という術です。彼らがなぜそんなことができるのでしょう?それは彼らが魔法使いだからです。魔法使いでもハンリー一家はよい魔法使いです。
みなさんはきっと魔女や魔法使いというものは、全員悪者だとおもっているでしょう。ところがちがうんです。魔法使いにだっていいのと悪いのがいます。ほら、ふつうの人間だっていい人たちばかりじゃないでしょう?強盗やコソドロを善良な市民、といえるでしょうか?
魔法使いも同じなのです。
二、満月の夜の百科団
ところでハンリー一家はその後どうなったでしょう。ハンリー一家はその後村をぬけ、山にはいったのです。その山の名は「うつくし満月山」といいました。うつくし満月山からながめた満月が、それはそれはうつくしかったのでそんななまえがついたのです。
「まだつかないの。」
金髪の少女がはあはあ息をきらしながらききました。
「あとすこしだ。がんばれ。」
父さんとよばれた茶色の髪の男の人がこたえました。
「あなた、ほんとうにペーソンさんの家にすまわせていただいていいの?」
男の人の横を歩いていた女の人が不意に立ち止まってききました。
「ああ、いいんだよ。」
「かあさん、こんな時によくそんなことが考えられたね。」
赤いおさげの少女があきれたようにいいました。
「あなたはも・・・・・」
「おーい、みんな、ついたぞ!私たちの家になるところに!とうとうついたんだ!」
女の人の言葉をさえぎって、男の人がさけびました。両手を大きくひろげ、目をかがやかせ、とても感動しているようでした。
「ちょっとあなた・・・・」
女の人はそういいかけましたが山からのうつくしい景色に目をうばわれ、それいじょう何もいえなくなってしまいました。それはほんとうにすばらしいながめでした。下に見える山々はみな、青々とした葉にかこまれとおくで滝がきらり、きらりとブローチのようにひかっていました。
「うわあ、まるで大きな物体にコケがびっしりはえているみたい!」
赤いおさげの少女、エレナローナがさけびました。
「もっといい表現できないの?」
あきれたように金髪の少女アンジェリカがいいました。
「たとえば?」
「まるで本のなかにいるみたい!」
アンジェリカは両手を大きくひろげてさけびました。
「なるほど・・・・まるでローニャになったみたい・・・・どお?」
「うん、さっきよりずっといいわ。」アンジェリカはこたえました。「まるでか・・・・・」
「カッレになったよう?」
声がしました。おどろいてふりむくと二人の後ろに金髪の少年が一人、立っていました。にやにやしながらこっちを見ています。
「ぼくはカッレ。カッレ・ペーソンっていうんだよ。きみたちは?」
「わたしはアンジェリカ。こっちが妹のエレナローナ。アンジェリカはね、食べ物のなまえからとったの。エレナローナのエレナはうちの女中のエレナの名からもらったの。ローナは大草原の小さな家シリーズのローラからもらったのよ。」
「おもしろいね。ぼくの名は『名探偵カッレくん』のカッレからもらったよ。おとうさんが言うにはカッレくんみたいにあたまがよくてやさしい子になってほしいんだってさ。」
「ぼくのなまえの由来はおもしろいんだよ。聞きたい?」
いつのまにか、カッレのよこにカッレそっくりの男の子がきていました。
「ええ。」
「ぼくの名はカール。父さんがつけたのさ。ちょうどぼくが生まれたときにぼくの姉ちゃんのロッタの髪がなぜかカールしてきたんだよ。だから。」
「まあ、そんななまえつけられていやじゃないの。」
「ぜーんぜん。」
「ほら、あなたたち。すこしはひっこしの荷物も運んでよ!もうすぐ雨がふるらしいのよ。」
「あーあ。」
子どもたちは残念そうに家へもどりはじめました。せっかく仲良くなってきたのになあ。ひっこしはたいへんな大仕事でした。エレナローナたちの部屋はひろいのですが、二階です。
おまけに階段がとてもせまくてきゅうなのです。のぼるときはいつも落ちないかどうかひやひやしながらのぼらなくてはなりません。
「だいじょうぶ?」
カールとカッレがやってきてにやにやしながらたずねました。この二人はいつもにやにやしているようです。
「え、ええ、だいじょうぶよ・・・・おっと・・・・・・さあ、おわったわ。ね、あなたたちここでジュースの会をやらない?」
「それいいね。ちょっとまってて。ぼく、母さんにお菓子を焼いてくれるようにたのんでくるよ。」
カッレはそういってかけていきました。
「じゃ、ぼくはジュースをもってくる。」
カールもそういってかけていきました。
「じゃ、わたしたちは部屋をきれいにする。」
アンジェリカはにこっとわらってかけていきました。
会の準備がすっかりととのったころ、雨がふりはじめました。おおつぶの雨がボタッ、ボタッと音をたて、屋根にあたります。いまにも屋根瓦がおちてきそうです。
「山の雨はたのしいでしょうね。」
エレナローナがうっとりといいました。
「うん、たのしいよ。毎年六月くらいになると二人して雨のなかをはねまわるんだ。服がすぐよごれて洗うのがたいへんだっていつも母さんがいってたよ。」
カールはクッキーをほおばりながらいいました。
「それに山の雨はおいしいよ。」
カッレはにやっとわらいながらサクランボジュースに手をのばしました。
「ほら、このサクランボも山の雨でそだったものさ。」
「わたし、サクランボはすきだけど雨はきらいよ。だってぬれたらきもちわるいじゃない。」
「学校に行く前ならね。あっ、そうだ!この部屋の上に屋根裏部屋はある?」
「あるよ。どうして?」
「ちょっと行ってみたいのよ案内してくれる。」
「ああ。」
四人は席をたちました。屋根裏部屋にいくためです。屋根裏部屋の入口はとんでもないところにありました。なんとエレナローナたちの部屋の衣装ダンスのなかにあったのです!
それはいっけんふつうの衣装ダンスでした。が、じつはなかに秘密のとびらがあったのです。よくみると、その衣装ダンスは壁にとめてありました。
「ここにとびらがあることをあなたたちいがいに知ってる人はいる?」
「ううん。」
「いいわね。それは。」
アンジェリカがゆっくりといいました。四人は扉をあけて、はいっていきました。なかは真っ暗でした。なにもみえません。まったくみえないのです。てさぐりですすむしかありません。
子どもたちはゆっくりとすすんでいきました。と、そのとき、むこうにあかりがみえました。あかりとはいえないけれど物がみえるくらいのあかるさではありました。
「あれが屋根裏部屋?」
エレナローナがききました。
「そう、かな。あれは屋根裏部屋の一部だよ。屋根裏部屋の一部のことはぼくらいがいで知ってる人はいないよ。」
「なお、いいわ。」
アンジェリカはまた、ゆっくりといいました。そしてとびらをあけました。それはなんともちいさな屋根裏部屋でした。やっと勉強机が一台おけるくらいのひろさです。
「こんなにせまいの。」
アンジェリカはおどろいてさけびました。
「そうだよ。だけどぼくらは去年までここを本部にしてたんだ。」
カッレがいうのをきいてエレナローナはあやうくひっくりかえるところでした。こんなせまい部屋をなんの本部にするというのでしょう。
「ぼくたちはここに探偵団の本部をおいてたんだよ。依頼人とはなす場所は今のきみたちの部屋でさ。だけど依頼人がまったくこないからやめたんだ。」
「いいことかんがえた!どうかしら、ここにもう一度なにかの本部をつくったら?」
アンジェリカがいいました。まったく、アンジェリカはおもしろいことをおもいつく達人です!
「でもさ、すぐにかいさんしそうだよ。」
カッレがいいました。
「だいじょうぶ。おもしろいクラブにしたらいいわ。」
エレナローナがいいました。
「探偵団とかお手伝い団とか決まってるとそれしかできないから百科団っていうのはどお?」
「ひゃっかだん?」
「そうよ。なんでものってる事典のことを百科事典っていうでしょ。なんでもやるクラブだから百科団よ。」
「なるほど!」
三人は声をそろえていいました。百科団、なんておもしろいなまえでしょう。じぶんたちがいちばんはじめにかんがえついたのだとおもうと四人はとてもほこらしくおもいました。
「さ、そうときまれば、はやくやっちゃおう。」
カールが元気よくいいました。
「ええ。じゃあ、わたしは部屋にしくじゅうたんをぬうわ。」
「ぼくは部屋をそうじする。」
「ぼくはかんばんをつくるよ。」
「わたしは秘密のからくりを!」
そして四人は仕事にとりかかりました。カールは屋根裏部屋をきれいにピカピカにしました。アンジェリカは小さくてとてもきれいなじゅうたんをいくつもぬいました。カッレは木をけずってお客があつまりそうな大きなかんばんをこしらえました。
エレナローナはいろいろながらくたをあつめてきて、とてもきみょうなからくりをつくりあげました。やがて四人の仕事はすべておわり、いごこちのよさそうな百科団の本部ができあがりました。ほこりまみれだった床やかべはみちがえるほどきれいになり床にはいろいろな模様のじゅうたんがしいてありました。部屋のすみにちいさなたなをおき、そこにもちいさな布をしきました。
ほんとうにみちがえるようです。さっきまで、まるで物置のようだったところがこんなにへんしんしてしまうとは!でも、なによりかわったのが「依頼客うけつけ所」になっているエレナローナたちの部屋にある、れいの衣装ダンスのなかから本部までの通路です。そこにはエレナローナのつくったからくりがとてもたくさんとりつけてあったのです。衣装ダンスのなかには木の板があり、「合言葉をとなえてからどうぞ」とかいてありました。
また、秘密の通路にはいると、そこにはたくさんのはだか電球がにぶい光をはなっており、不信人物がくると「あぶない!とっとと消えうせろ!」とさけぶようになっていました。またすこしいくと今度は巨大扇風機があり、運よくそこまでやってきた不信人物に「消えろ、消えろさもないと・・・・」
とさけぶようになっていました。不信人物がいかないと扇風機はうごきだし、あわれな不信人物をまどの外からほうりなげてしまうのでした。そして最後のからくりは妖精の形をしていました。
不信人物がすすもうとすると妖精は高い、うつくしい声でうたうのでした。
「ここからさきは、はいれません。四人の子どもでなければね。もしもこのなぞにこたえたら、あなたはすすむ権利があるでしょう。」
なぞは毎日かわるようになっていました。
「ねえ、でもぼくたちもわからなかったらどうするの?」
カールがききました。
「だいじょうぶ。きっとわかるわ。」
エレナローナはじしんたっぷりにいいました。
「さあ、妖精さんなぞをだして。」
「ええ。紙で、できているけれど、あたらしい世界が待っています。きっと友だちできますよ。他国のことも知れますよ。いろいろなことがつまってます。」
「本!」
エレナローナはそくざにこたえました。
「せいかい。」
妖精はいいました。
「さ、つぎはアンジェリカの番ですよ。」
アンジェリカはおそるおそる、すすみでました。
「では、いきますよ。紙で、できているけれど、いろんなじょうほう運んできます。気持ちもいっぱいつまっています。あっちの国からこっちの国へどこでも行きます。いますぐに。」
「手紙!」
アンジェリカもすぐにこたえました。
「そう、あたり。」
そのあとに、カール、カッレとつづきました。二人ともみごとにせいかいし、四人そろって本部にはいっていきました。
「クラブをつくったんだから身分証明書みたいなのをつくらない?」
アンジェリカがいいました。
「いいよ。でもなにで。」
「木でつくればいいわ。」
エレナローナがいいました。
「だれが。」
「わたし。」
エレナローナはのんびりとこたえました。
「カッレ。ちょっとナイフをかしてくれる?」
カッレはナイフをわたしました。エレナローナは「ありがとう」というと森へはいっていきました。雨はもうやんでいるようでした。しばらくするとエレナローナはもどってきました。手には松の木の枝をもっています。
エレナローナはそれを器用にけずって一つの満月をこしらえました。二つ、三つ・・・・四つ!とうとうみんなできあがりました。エレナローナはそれをみんなにわたしました。
「よし。じゃあ、諸君。これに自分の好きな色をぬっていつも肌身離さずもちあるくんだ。いいね?」
カッレは大きな声でいいました。みんなは「はーい」と返事をしました。それからしばらくのあいだ部屋はしずまりかえりました。みんなが満月をじぶんのどこにつけようかまよっていたからです。
カッレはベルトにつけておくことにしました。(いつのまにか、カッレがリーダーのようになっていました。)カールもベルトにとおしました。アンジェリカは髪につけました。エレナローナも髪につけました。それぞれの満月が、髪や服のなかでキラキラかがやくのはとてもきれいにみえました。ほんものの満月のようでした。
そのときカールはふと時計をみて、おどろいてとびあがりました。時計の針は四時をさしていました。もう、こんな時間になっていたとは!
「みんな、もう夕飯の時間だよ。はやく下におりないとおこられるぞ。満月の行事もできなくなる。」
三人は、はじかれたようにとびあがり、秘密の通路をすべるようにかけぬけて台所にとうちゃくしました。ぎりぎり夕飯の時間には間に合ったようです。
「いままでなにしてた?」
父さんがききました。
「百科団をやってたよ。」
エレナローナがこたえました。
「ひゃっかだん?」
想像どおり、大人たちはみな、おどろいてききかえしました。
「そう。」カッレはむねをはってこたえました。「なんでもやるから百科団。エレナローナがかんがえたんだよ。」
大人たちは感心してエレナローナをながめました。エレナローナ、小さな英雄。そのときエレナローナはじぶんが、いやじぶんたちがほんとうに英雄になることを知らないでいました。夕食はとても豪華なものでした。鹿の肉ににわとりのスープ。ほねつき肉がありました。豆の炒め物やいろいろな種類の飲み物がありました。
子どもたちは目をかがやかせてごちそうをとりました。その日はとてもたのしい夕食でした。みんなにこにこしながらたべて、のんで、話しました。大人たちは百科団のことにとても興味をもってその本部はどこにあるのか知りたがりましたが子どもたちはぜったいに話しませんでした。
「そうだ。今日は満月の日だったね。」
カッレたちの父さんがおもいだしたようにいいました。子どもたちは秘密の合図をしました。目をぱちっとつぶってにこっとわらう合図です。今日は満月だ、秘密の行事をやるよ、という合図です。
たのしみだなあ!とエレナローナはおもいました。山からみる満月ってとってもきれいなんでしょうね。
デザートがはこばれてきました。母さんたちは今夜、秘密の行事がおこなわれることをちっとも知らないようでした。知っていたらこんなにのんびりと、夕食をたべてはいないでしょう。
子どもたちはその行事のことをしっていましたからおおいそぎでデザートをたいらげました。そして土煙のように部屋へ帰っていったのです。
三、冒険のはじまり
「まずは三角泉へ行こう。それから満月の仙如をまつんだ。あの妖精がいったとおりだとな。」
カッレはいいました。そう、カッレは妖精にいわれたのでした。妖精というのはエレナローナの秘密のからくりの妖精です。その妖精が、カッレにいったのでした。「今夜、あなたたちはたいへんな冒険にあうことでしょう。カッレ。あなたはみんなをまとめて冒険にいきなさい。」
「カッレ!」
いきなりよばれてカッレは、はっとわれにかえりました。
「なに。」
「仙如がきてからどうするの。」
「まあ、なるようになるさ。それより冒険にいくじゅんびをしようよ!」
そこでみんなは冒険にいくじゅんびをしました。エレナローナはそっと台所にしのんでいき、冷蔵庫からパンとにわとりの肉とはちみつと鹿の肉とレモネードを四本もちだしました。レモネードは一本ずつみんなでもち、パンと肉とはちみつはみんな平等にわけてもちました。食料やきがえやそのほか旅にひつようなものはみんな、ひとつずつもち、めいめい自分たちの皮袋におしこみました。
持ち物のじゅんびができるとみんなマントを着、せなかに皮袋をかついでそっと外にでました。外は真っ暗でした。木や草や岩がみんな黒いかげになって四人をみているようでした。ときどき葉がゆれる音いがいは何の音もしませんでした。森はほんとうに不気味でしずまりかえっていました。
エレナローナは手をにぎりしめました。こんなにくらいと四人いてもあまりやくにたたないな、とエレナローナはおもいました。はやく仙如がきてくれればいいのに!でも、仙如にあうには泉までいかなくてはなりません。しかもそこにいくまでには「トロール森」(1)という、木がおいしげったとくべつふかい森をとおらなくてはならないので
す。そこはほんとうにトロールがいるような森でした。エレナローナは死ぬほどのおもいをしながらもなんとかそこをとおりぬけました。そうですから泉についたときいちばんよろこんだのも彼女でした。エレナローナはできることならずっと、この泉に立っていたいとおもっていました。
泉は水の流れで不気味なしずけさをかきけしてくれるようでした。泉のそばにいれば夜でもこわいとはおもいませんでした。けれどもやがて仙如はやってきました。月がふいにくもったかとおもうと、いきなり仙如は四人のまえにおりたったのです。仙如はとてもとてもうつくしい人でした。
「ようこそ満月の国のすくいぬし。」
仙如はすきとおった声でききました。
「えっ!」
こどもたちはあっけにとられて仙如をみつめました。
そんなばかな話があるでしょうか。
「いいえ。ちがいます。ぼくたちは冒険者ですくいぬしではありません。ここにいるふたりは完璧な魔女ですがぼくたちは混血です。」
「いいえ。あなたたちはぜったいにすくいぬしよ。予言者がいっていたわ。『二人の女の子、二人の男の子、そのうち二人が混血でそのうち二人が本物だったならそれはまちがいなく満月国のすくいぬしであろう。』とね。」
「まさか。」
エレナローナはさけびました。
「どうしてそういうことになったのかおはなしください。」
「いいですよ、もちろん。」
(1)トロール 北欧の妖精の一種
四、思わぬ秘密
そこで仙如は話はじめました。
「むかし、満月の国にはムーン王とシャイン王妃がいました。彼らの時代の満月国は平和でゆたかでたのしいものでした。ところが数年ほどたちますと、ちかくの星から地球人がせめてきたのです。そのころの地球人はいまほど利口ではありませんでした。いつもいつも戦っているのです。
これはノアのはこぶねの前のはなしですよ。神が人類を洗い流してしまおうとした前のはなしです。そのころの地球人はたしかに利口ではなかったけれど迷信をしんじる人がおおくいました。
ある時地球人の王は考えつきました。宇宙にある星全部と戦おう、と。そうすればじぶんは英雄になれますし領地もひろがります。王は出陣しました。その年は九月十日九時十分でした。その時ムーン王とシャイン王妃は地球人が出陣したのとまったくおなじ、時間に一人の女の子をうみました。なまえはシャイーナとなりました。シャイーナ姫がうまれた十分後に城は、破壊されました。
さいわい死者やけが人はでませんでした。ムーン王とシャイン王妃のおかげです。けれども国はほろびました。あたらしい王は意地悪な地球人、ヴィラインでした。王妃はエヴィリー。この人もしんからくさった悪人でした。そうしてながいこと悪い政治がつづきました。(いまもつづいているのですが)ムーン王とシャイン王妃はかくれがで二人目の子を出産しました。この子も女の子でした。なまえはシャイーニになりました。
それからあと、この四人がどこへいったかはだれもわかりません。わたしいがいは。」
「なぜあなたはしっているの?」
エレナローナはききました。
「それをしりたいならおはなししましょう。
そこの男の子たちの家にスコニティーという女中がいたでしょう。」
「どうしてそれをしっているのさ?」
カールが不審そうにたずねました。
「じつはわたしがそのスコニティーだからです。わたしのほんとうのなまえはニティーといいます。カッレ、カール。あなたたちはほんとうはシャイーナたちのいとこなのです。じゅうぶんすくいぬしの権利はあります。あなたたちは偉大なセントールからいわれたのですから。」
「ああ。わかったわ。でもね、カッレやカールがすくいぬしになるのはあたりまえだけど、どうしてわたしたちをすくいぬしといえる?」
アンジェリカがききました。
「まだおきずきになりませんの?あなたたちがムーン王のむすめなのです。アンジェリカ、あなたのじつのなはシャイーナです。エレナローナはシャイーニなのです。」
いっしゅんあたりはしずまりかえりました。みんなあっけにとられて顔をみあわせるばかりです。エレナローナとアンジェリカ・・・・いや、シャイーニとシャイーナがなかでもいちばんおどろきました。じぶんたちが姫だったとは!そんな身のうえだったとは!
「みんながあなたがたの帰りをまっております。さあ、いきましょう。」
ニティーのさしだした手にそっとつかまり四人はそらたかくまいあがっていきました。
五、すばらしい贈り物
秘密部屋に招待された四人は待ち時間におしゃべりをしていました。
「かあさんにエレナローナっていわれてたからおどろきだったわ。」
ふいにとびらが開きました。みるとうつくしいきものをきて、ベールをかぶった女神のような女の人がおおきな皮袋をもってあらわれました。
「ようこそ、月の国へ!ようこそ勇者たち!」
女の人は地がふるえるほどすんでうつくしい、それでもよくひびく声でいいました。
「戦いの時はせまっています。勇者たち。わたしは野の女神です。わたしたちぜんぶの神からおくりものをいたします。きっといつかやくにたつことがあるでしょう。」
女神はそういって袋のくちをあけました。
「まずはカッレ。あなたからです。」
カッレはおもおもしく席をたち、女神のもとへいきました。女神は袋からちいさな紐のながい皮の巾着をひっぱりだしました。
それはみょうにふくらんでいました。
「これは『命袋』です。」女神はそういって巾着をカッレにわたしました。「これは必要なときには食べ物や飲み物をだしてくれます。でも、必要なときいがいはでませんよ。」
「ありがとうございます。」
カッレは慎重なきもちで贈り物をうけとりました。そして首にかけました。
「もうひとつ。」と女神はいいました。「これは剣です。でもただの剣ではありません。とてもよくきれる剣ですがあなたたちの仲間をきることはできません。」
カッレはもうひとつの贈り物もうけとりました。
つぎはカールがすすみでました。カールもカッレと色違いの剣と透明マントをもらいました。
つぎはシャイーナのばんでした。シャイーナは弓と、矢がいっぱいつまった矢筒、それに魔法の眼鏡をもらいました。それをかけるとなんの内側だろうと悪はみえてしまうのでした。
シャイーニの贈り物はシャイーナの弓矢の色違いと髪かざりでした。髪飾りには黒猫のかざりがついていて、二つで一セットになっていました。
「これはなんです?」
シャイーニの声には、はっきりとがっかりしたようすがうかがえました。
「魔法の髪飾りです。」
女神は心のそこまでみすえているような射抜くような眼差しをシャイーニにむけました。
「これはくさりかたびらよりも、もっとすごいはたらきをします。これを身につけていれば悪はぜったいにあなたに近づくことはできないでしょう。」
「でも、でも、わたしも戦いにくわわれるのでしょう?」
シャイーニは泣きそうになってたずねました。
「もちろんです。」
女神のいうのをきいてシャイーニはほっとためいきをつきました。よかった・・・・・
「さあ、いきなさい。あまりながくいすぎるとあやしまれますよ。」
女神はそういってこどもたちの手をとりました。
「さあ、いきましょう。」
一瞬でものすごい風がふいてきました。目もあけられないほどのすごさです。たおれてしまいそうなほどです。
ふと目をあけると四人はみたことのない場所にいました。みわたすかぎり、どこまでもどこまでも荒れ野がひろがっています。はるか遠くにお城がみえるほかはなにもありません。
四人はともかくあるいてみることにしました。あるけばなにかあるかもしれませんから。
けれど、いくらあるいてもなにもありませんでした。お城に近づく気配もありません。まるで魔法をかけられているようです。いくらあるいたっておなじ場所にいるような気がするのです。ひょっとするとほんとうに魔法がかかっているのかもしれません。そうかんがえるとシャイーニはおそろしくなりました。
「まさか魔法がかかっているなんてことないよね?」
シャイーナがおそろしそうにつぶやきました。
「まさか。」
シャイーニはそくざにこたえましたが本心はそうおもってはいませんでした。声にだしていうとほんとうに魔法がかかっているみたいでおそろしくなるのです。
「あのね、わたし、どこまであるいてもだめだとおもうの。魔法がかかっていなかったにしても、よ。」
シャイーナがいいました。その声の調子からみて、だいぶ疲れているのだ、とわかりました。カッレはそれに気づいてシャイーナをなぐさめるつもりでこういいました。
「がんばって。もうすこしあるいたら休もう。」
けれどシャイーニは首をふりました。どこまであるいたって休める場所なんてありはしないのですから。そんなことはわかりきっています。
「そんなのだめよ。よけいにつかれるだけだわ。今日はここで休みましょう。」
「わかったよ。そうしよう。」
リーダーであるカッレがそういったので今夜はここで夜をこすことにしました。
第二章
六、百科団つかまる
やがて日がくれました。あたりは真っ暗になりました。シャイーニは自分たちがねる場所に「守護円」をはりました。シャイーナはたき火につかう小枝をあつめてきました。カッレは守護円をはる手伝いをしました。カールは持ってきた肉や魚を火で料理しました。こうして荒れ野で一晩をすごす準備がすっかりととのいました。
子どもたちはみんな守護円のなかにはいってぬくぬくときもちよく、安心して夕飯をたべ、やがてねむりこみました。
夜中、星がきらめいているなか、シャイーナはふと、目をさましました。あたりがさわがしいのに気がついたのです。真っ暗でだれもいないはずの荒れ野で声がします。ちらちらと火もみえます。そのときシャイーナは気づきました。じぶんたちがねているのは荒れ野ではなく牢屋のなかなのだ、と。
「おきてよ、おきて!いそいで逃げなきゃ!」
シャイーナはおおあわてで仲間をたたきおこしました。けれど三人はなかなかおきません。
・・・・・ああ、どうしてこういう時にかぎってみんなはおきないのかしら!・・・・
シャイーナはいらいらしながらおもいました。
「おきてよ、おきて!わたしたちがいまどういう身なのかわかってるの!」
シャイーナはカッレをゆさぶりました。まずはリーダーにおきてもらわなくては。
カッレはうるさそうにシャイーナの手をはねのけておきあがりました。
「いったいなんなんだい。人がきもちよくねていたのに。」
「大変なのよ!わたしたち、つかまってるのよ。」
「冗談はよせよ。シャイーナ!」
カッレは不機嫌そうにいいました。
けれども窓にはまっている鉄格子をみて、おどろいてとびあがりました。そしていそいでカールをおこしにかかりました。ところがこれがなかなかむずかしく、たいへん骨のおれる仕事でした。カールは一度ねむってしまったら朝までおきないたちでしたから。
それでもなんとかおこすとカッレは話ました。
「いいかい。よく聞くんだ。いまぼくらはつかまっている。なんとかして脱穀しなきゃならないんだ。」
するとカールは、はじかれたようにとびあがりました。
「うっそー!」
とカールはいいました。
「ところがそれはほんとうなんだ。なんとかしてここをぬけださなくては。君たちなにかいい案あるかい?」
「ぼくの透明マントをつかったら?」
カールがいいました。
なるほど、それはいい考えです。
「うん。いい考えだ。だがみんなはいるのかな?」
カッレにそういわれてカールはそこまでかんがえてなかった、という顔をしました。
ふいにシャイーナがさけびました。
「ねえ、シャイーニどこ。」
みんな牢屋のなかをみまわしました。けれどシャイーニはみあたりません。先につれていかれたのでしょうか。
そのときふいに声がしました。
「わたしはここよお!だいじょうぶ。わたしは透明マントにはいらなくても害はないから。女神さまにもらったもの、おぼえているでしょ。」
みると鉄格子のすきまからシャイーニの目がのぞいています。
「ああ、そこにいたのかい。無事でよかった。じゃあ、きみも作戦会議にくわわってくれ。」
カッレは全員そろったのでほっとしたようでした。
「じゃあ、作戦会議をはじめまーす。」
七、百科団脱獄
三十分ほどかけて、四人は作戦を練りあげました。シャイーニは牢屋の前にかくれました。牢屋にいる三人は透明マントをかぶって、いつ見張りがきてもいいようにしました。作戦はこうでした。
牢屋にいる三人は透明マントをきて、いつ見張りがきてもいいようにし、見張りが牢屋にやってきて扉をあけたとたんにげだすのです。シャイーニは魔法でまもられていますから悪魔法をなげられても平気です。なのでみんなを守るのです。
「でもさ、見張りがこなかったらどうするのさ?」
カールがいいました。きゅうくつな透明マントから、はやくでたいのでいらいらしているのです。
「そんなわけないでしょ。ぜったいにくるわ。こんな危険なわたしたちを生かしとくとおもって?」
シャイーナがいいかえしました。
そのときシャイーニはみました。ながくするどい槍をもった見張りの男が二人、こちらにむかってあるいてきます。
「しっ、見張りがくるわ!」
シャイーニはどなりました。
牢屋のなかはしずまりかえりました。はりつめた空気が満ちています。みんな緊張しているようでした。心臓の鼓動がだんだんはやくなっていきます。
「あいつら、にげてたらすごいよな。」
男の一人がいいました。
「ばかなこというなよ。相手はたった四人のチンピラだぜ。しかもこっちは脱獄不可能な石牢だ。にげられるわけがないだろう。」
「だよな。ハハハハハハ。」
ところが二人は牢屋を見てびっくりぎょうてん、真っ青になってふるえだしました。
「おい。相棒。あのチンピラどもは幽霊じゃないのか。」
一人がいいました。
「ばかな。そんなわけないだろ。それはともかくあいつらがにげたらおれたちのばんだよお・・・・」
「なにが?」
「なにがじゃないよ!あいつらのかわりにこんどはおれたちがこの牢屋にはいることになるんだぜ。」
「ひょえー、最悪だ。」
二人は牢屋にはいってきました。もし、この二人がもうすこし気をつけていてもうすこし敏感ならいま、じぶんたちのわきをすりぬけていった風を感じておや?とおもったことでしょう。
ところが、かわいそうなことにこの二人はそれほど敏感じゃあ、ありませんでしたしちっとも気をつけていなかったのでざんねんなことに子どもたちをみつけることはできませんでした。二人がぐずぐずして、いいあっている間(ま)に子どもたちはにげていってしまいました。
八、戦いのはじまり
四人は、はしってはしって、はしって森に、にげこみました。ここなら追っ手もこないでしょう。四人がにげだすころ、荒れ野には魔法の力がはたらいてはいませんでしたが四人がにげたことに気がついた城の悪王が兵隊たちに四人のあとを追わせたのです。
そこで四人はあわてて森に、にげこんだのでした。
「しかたがない。今夜はここで野宿するしかないな。」
話し合いの結果、四人はこの森で野宿をすることにしました。料理得意のシャイーナだけのこってほかの三人はたき火につかう、かわいた枝をあつめにでかけました。シャイーナは四人がでかけているあいだにじぶんたちがねることになっているこけの上や木のまわりに守護円をはり、枯れ草や、かわいたこけをたくさんしいて、ねごこちがよくなるようにしました。
「よし、これでいいわ。」
シャイーナがそうつぶやいたときでした。
「ガオーッ!」
とつぜん、おそろしいうなり声がして二頭のおおきなクマがあらわれました。
「きゃーっ!」
シャイーナはとっさに弓をつかんでかまえました。
ビュン!弓のつるがなりました。矢はクマにあたりました。ところが・・・・・
クマはたおれないのです。おそろしい顔をシャイーナにむけ、ますますうなります。そしてシャイーナにとびかかりました。
「ウオーッ!」
「きゃーっ!」
・・・・もうだめだ!・・・・シャイーナはおもって目をつぶりました。ああ、もうおしまいだ・・・・。
「まあっ!」
シャイーナはおどろいて目をあけました。何もおこっていません。さっきのクマはどうしたのでしょう。
ふと横をみるとさっきのクマがなにかをたべています。シャイーナがのぞきこむと・・・・なんと、クマがたべているのは自分なのです。もうひとりのじぶんです。
「やあ、おじょうさん。さきほどはおどろかしてすみませんでした。あなたはここにいたころのことをまったくおぼえていないのですか?」
「ええ、まあ・・・・」
それにしてもこのクマはなんてきみょうなクマなのでしょう。二頭はそっくりでなかがよさそうなのにそっぽをむいています。いえ、正確にいうと二頭はおたがい後ろをむきあってしっぽをくっつけて立っているのです。それはまるでオシツオサレツのようでした。
「ところで、あなたはなんです?クマなのでしょうか。」
シャイーナはクマがしゃべりだすまえに、いそいでききました。
「ええ、そうです。クマです。いったいぜんたいあなたはぼくをなんだとおもったんです?クマいがいの何に見えましょう?」
おもったことはなんでも口にだすクマなんだわ。とシャイーナはおもいました。そしてちょっと気を悪くしました。
「でも、あなた、じつにきみょうな立ちかたをしてらっしゃるわ。なぜおたがい後ろをむきあって立っているの?」
「おやおや!」クマはこの子、あたまはたしかか?というような顔をしてシャイーナをながめました。「地球では影はないのかな?」
「あるわ。あるにきまってるじゃない!でも地球では影は黒くて形だけで食べたりすることはできないの。」
「おや、おやおどろきだ!地球はほんとうにおかしな星だなあ。」
「あっ!見て、ハチミツトリだわ!」
「ほんとうだ。ハチミツトリだ。」
「また、ハチミツくれるかな?」
ふいに子どもの声がしました。シャイーナがふりかえるとカッレたちが手にたくさんのかわいた枝をもって立っています。
「あれ、あなたたちこのクマさんをしってるの?」
シャイーナはおどろいてききました。
「ぼくの名はハチミツトリです。」
クマが・・・・いえ、ハチミツトリがしずかにいいました。
「ああ、ごめんなさい。」
「わたしたち、森のなかで一度あったの。」
シャイーニがこたえたそのとき!
「あぶない、ふせろっ!」
ハチミツトリはさけんでシャイーニを地面にたおしました。ほかの子たちはさっと草のなかへふせました。そのとたんビュッという音がして矢がシャイーニのまえの木につきささりました。よくみると矢には紙がむすんでありました。
ハチミツトリが用心深くすすんでいって矢をぬきとり、紙をはずすとそれをひらいて子どもたちに読んできかせました。
「ワレ、ヴィラインノ命令ニヨリ、明日、午前、九時三十分ニ、兵ヲ、そちらニ、ムカワス。
場所ハそちらニマカス。 ヴライン。」
四人は顔をみあわせました。
「戦争?決闘?いったいどうして。」
「おや、知らないのですか?ヴィラインは救い主があらわれて自分の王位があやうくなるのをおそれているのです。だからあなたたちを殺そうとしているんです。」
「カッレ。どうするの。わたしたち戦争にまきこまれちゃうわ。さあ、地球にもどりましょう。」
シャイーナが泣きそうになっていいました。
みんなの目がカッレをみつめていました。カッレはじっと考えこみました。そしていいました。
「よし、戦おう!」
九、戦いの時
「ええっ!」
「ちょっと、カッレ!」
みんなおどろいてカッレをみつめました。けれどカッレはもう決心したようでした。三人がおどろいて口をぽかんとあけていると、とつぜん
「ばんざーい。」
という歓声がきこえてきました。みると月の住人たち―もちろんみかたです。―が四人をとりかこんで歓声をあげています。(みんな武装していました。)月の住人のなかにはセントールやフォーン。けものや小人や妖精もいました。
「では、みんな。この救い主のかたがたにくさりかたびらとよろいとたてを作ってさしあげなさい。」
ハチミツトリがいいました。
「かしこまりました。」
みんなのリーダーのセントールは、四人にふかぶかとおじぎをし、手下たちをつれて作業場へはいっていきました。
「あなたは手紙を書いてください。」
ハチミツトリはカッレにいうとじぶんも作業場へいってしまいました。
「カッレ、どんな手紙にするの?」
カールがききました。
「さあね。」
カッレはにやっとカールにわらいかけると羽ペンをけずり、インクにひたして書き始めました。
「ワレ、ヴィラインノ挑戦ヲ受ケテタトウ。戦場ハ荒れ野、時ハそちらガオ決メニナッタトオリデ。 カッレ。」
それから、それを矢にむすびつけ、遠くに見えるヴィラインの城にむかって矢をはなちました。
あくる日、とうとう戦いの時はやってきました。両軍は荒れ野の右と左にたち、にらみあっていました。ヴィライン軍のほうがすこしだけ兵のかずが多いようでした。
ボオー、ボオー、はじまりの合図の貝の音がひびきました。
「月の国の自由のために、行けーっ!」
カッレがさけびました。両軍は突進し、戦いは始まりました。
「やあっ!それっ!」
セントールはすでに五人の敵をたおし、余裕たっぷりなようすで、でも真剣に二人の相手と切りあっていました。ハチミツトリは「ウオーッ!」とうなり声をあげながら敵に突進し、そのするどい歯で十人ほどの敵をたおし、いまは十一人目の敵をたおしたところでした。ねずみや小人たちはだれにもみつからずに行動できますから敵軍の足の間をはしりまわって足を刺し、倒れたところでとどめをさす、というやりかたで順調に敵を倒していきました。
カッレはまだ一人の敵も倒していませんでした。いま、二人の敵と戦っているのですがいまにもやられそうです。
「やあ、ぼうや。戦うことも知らないのか。とんだ救い主だ。」
敵はそういってカッレに剣を突きつけました。カッレはなんとかたてでうけとめましたがいまにもたおれそうでした。
「はっはっは!」
敵はカッレをあざけるようにわらいました。そして後ろをむきました。そのしゅんかん・・・・グサッ!
「ぎゃあっ!」
敵はたおれました。カッレは耳をふさぎました。なんておそろしいことなのでしょう。カッレはあわてて剣を相手のからだからぬこうとすると、ビュッ!
「わあっ!」
いきなり矢がとんできてカッレのもう一人の敵にささりました。それはシャイーニの矢でした。カッレはあわてて剣をぬいてもう一人の敵をさがしにいきました。
カールは敵の大将をみつけました。大将はセントールと切りあっているところでした。カールはそっと大将の後ろにまわりこみました。そして大将にとどめを刺そうとしたとたん、
「わっ!」
カールの横に剣がのびてきました。もし、カールがよこにとんでよけなければ、まちがいなくカールは死んでいたことでしょう。敵の大将はなにごとかと後ろをふりかえりました。とたんにだれかが大将の左胸に剣を刺しました。それはカッレでした。カッレとカールのまわりにのこっていた数十人の敵が集まってきました。
「よくもヴラインさまを殺したな!」
敵は一度にカッレにかかってきました。カールは三人ほどの敵を倒し、次の相手にむかおうとしていました。カッレも六人の敵をたおしていました。戦場におりてきていたシャイーニとシャイーナも弓矢で何人もの敵を倒していました。そしてとうとうのこっているのは敵の大大将ヴィラインだけになりました。ヴィラインはどうかたすけてくれ、とカッレにいのちごいをしました。
「だめだよ。カッレ。こんなやつに紳士心なんておこすもんじゃないよ。芯からくさった悪党なんだから。かすりきず一つおってないんだから。」
カールがいいました。
「いいえ。カッレ。殺しちゃだめだわ。」
シャイーナがいいました。
すっかりこまったカッレはみんなにききました。
「どっちがいいと思うかい?」
「殺せ、殺せー!」
みんなはさけびました。その声には強い憎しみがこめられていました。
「でも・・・・」
カッレは天をみあげました。・・・・ああ、女神さま。あなたはどう思います?・・・・・
すると雲っていた空がきゅうに晴れ、あの、野の女神が光につつまれながらおりてきました。そして地におりたつといいました。
「みなさんはヴィラインにたいへんな目にあわされたとおもいます。でも彼の命は助けてあげなさい。あす、太陽がのぼるころになれば敵軍はみんな生き返って善良な心をもった月の国の住人となるでしょう。」
そういって、また、天にのぼっていきました。
「さあ、さっさと行きなさい。」
セントールのデディ夫人がいいました。
ヴィラインはおびえて小さくなってこそこそとこわれかかったじぶんの城へもどって行きました。
十、英雄百科団
次の日、太陽がのぼるとヴィラインもヴィラインの手下たちも生き返り、善良な月の国の市民となりました。シャイーニたちは月の国の人々に別れを告げて地球にもどりました。
それから何日かたったある日、「こちら百科団」とかかれたかんばんは「こちら英雄百科団」と書き直されていました。
「うん、これでお客がたくさん集まるぞ!」
カッレはにやっとわらって満足げにいいました。
「そうね。」
四人はにっこりとわらいあいました。
お し ま い
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