「ミスキャスト」(2)

全員が着席するのを見届けてから、龍之介がチョークを手に黒板に向かう。
 『学園祭について』
黒板に性格と同じ几帳面な文字が踊る。
 「先日行われた委員会でも、議題が出された。
 そろそろ部内で何をするかを決めて、報告しなければならない」
 「学園祭って、部でも何かやるんですか?」
龍之介の説明に、一年生部員の小熊が不思議そうな声を上げた。
同じく一年生の梓は、何処かうんざりした表情を浮かべている。
 「小熊くんも木ノ瀬くんも初めてだからね。知らないのもムリはないかな。
 体育祭でも、優勝のご褒美を賭けて戦ったでしょう。あれの学園祭バージョンって
 言ったら判りやすい? 体育祭は、競技からして運動部に有利だからね。
 文化部にも有利なように、学園祭でも投票で優劣を競うんだ。
 優秀だった部活やクラスには、もちろん賞品だって出るんだよ」
 「主催は今回も生徒会ですからね。僕は翼から話を聞いていました。
 けど、せっかくの文化部のチャンス。わざわざ運動部が取り上げなくても
 良いんじゃないですか」
誉の説明に、乗り気でない梓が面倒くさそうに答える。
 「ほぉ、珍しいな、木ノ瀬。お前が勝負事で、初めから負けを認めるなんて」
 「負けを認めたわけじゃありません。勝負をしないと言っただけです。
 僕が参加すれば優勝は確実ですからね。なけなしのチャンスを生かすべく
 頑張っている文化部に、それでは悪いでしょう」
やる気のない梓を焚き付けるような言い方をする龍之介に、自信満々な口調で梓が
言い返す。その間に挟まれてしまった格好になった小熊が、オロオロと取り成す様に
口を開いた。
 「あ、あの、去年は何をやったんですか? まさか優勝したとか」
その問いに、去年参加した部員たちが顔を見合わせる。
その様子から、聞いてはいけない事を聞いてしまったと、二度目の失言を後悔した。
 「いや、去年はな。弓道の模範稽古を披露した。後、弓道体験とか」
 「インターハイに負けちまった後だったからなー。あんまりやる気がなかったと言うか、
 盛り上がりに欠けたと言うか」
犬飼と白鳥が、なぁ、と言いながら頷き合っている横で、パンパンと軽快に手を叩くと
誉がにっこり笑って士気を高める。
 「今年は体育祭もインターハイも優勝したんだからね。三連覇ができたら凄いと思わない?
 僕はもう部を離れてしまったけれど、手伝いくらいは参加したいんだ。ダメかな?」
 「話を聞いた限りでは、確かに去年は地味過ぎますね。それでは、優勝なんてムリですよ。
 どうせ参加するなら、優勝を狙わないと意味が無い。少し派手なものを考えないと」
さっきまでやる気のなかった梓が、前向きな意見を出す。
それにつられるように、みんなの顔にも活気が戻ってくる。
 「そうだな。金久保先輩も手伝ってくれることだし、ここは一つパーッと」
 「おっ、良いな、パーッと!! ……パーッと、演劇なんてどう?」
 「演劇ー!!」
犬飼が口にした盛り上げの言葉を受けて、白鳥が調子を合わせる。
そのついでに、ずっと言おうと思っていたことを提案すると、周りに居た部員たちの声が、
教室中に鳴り響いた。
 「ほ、ほら、うちの部には夜久が居るだろ。せっかく女子が居るんだから、
 ここは綺麗に着飾ってお姫様の役なんてしてもらってさ」
そう説明しながら、ドレス姿の月子を想像して、顔の筋肉がだらしなく緩む。
 「白鳥くん、ダメだよ、そんなの。お姫様なんて似合わないし、恥ずかしいよ」
行き成り名前を出されて、慌てて月子が首を振る。
その声に気付いた梓が、頬を赤くしている月子の手を握って、顔を覗き込んだ。
 
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