「ミスキャスト」(1)

放課後の空き教室で、久し振りに部のミーティングが開かれることになった。
ミーティングの議題を聞かされていない部員たちが、戸惑った顔で集まってくる。
 「よぉ、夜久。今日って何かあったんだっけ?」
教室に入ってきた犬飼隆文が、弓道部唯一の女性部員である夜久月子を見付けて、
近寄ってくる。
 「ごめん、私も聞いてないの。部活の委員会があったみたいだから、その報告かな」
首を捻って犬飼の質問に答えていると、教室の扉が開いて、部長の宮地龍之介が
入ってきた。その後ろに、前部長の金久保誉も続いている。
 「あっれー、金久保先輩。お久し振りです。なかなか部に顔を出してくれないから、
 すっごい寂しかったんですよぉ」
 「そうそう。金久保先輩が部を引退してから、宮地部長の鬼指導だけで、
 ちっとも心が休まる時間がなくなっちゃって。俺たちがどんな辛い思いをしてるか」
 「白鳥先輩、宮地部長に聞こえてますよ」
誉の顔を見るなり、その周囲に部員たちが集まっていく。
その外側で、最初に入ってきた龍之介が、眉間に皺を寄せて立ち尽くしている。
 「犬飼、白鳥、小熊。俺の指導がそんなに辛いのか。
 なら、体力だけじゃなくて、これからは精神力も鍛えてやるぞ」
後ろに炎が見えるくらいのドスの利いた声で、龍之介が三人を睨み付ける。
背中に隠れる様に慌てて縮こまる白鳥弥彦と小熊伸也を、犬飼が間に入って庇う。
 「あはは、勘弁してやれよ、宮地。お前は部員の手綱を引く役だろ。引いた手綱で
 部の雰囲気は引き締まるけど、それだけじゃ疲れちまう。そこを金久保先輩が、
 上手く緩めてくれていたんだ。二人が揃ってることで部が纏まってたんだよ。
 片方が抜けた状態になっちまったんだ。仕方ないだろ」
 「俺一人では部が纏まらないということか?」
更に眉間に皺を寄せる龍之介に、誉が助け舟を送る。
 「そうじゃないよ、宮地くん。犬飼くんが言いたいのは、一人で頑張り過ぎずに、
 周りにも頼れってことじゃないのかな。宮地くんの指導方法は、とても良いと
 僕も思うよ。でも、厳しいだけではやっぱりダメなんだ。宮地くんが強く手綱を引くなら、
 その手綱を緩めてあげる人が必要なんだよ」
一度言葉を切ると、顎に人差し指を添えて考える仕草をした後、すぐににっこりと微笑んだ。
良い事を思い付いたとでもいうように、その目は楽しそうに細められている。
 「うーん、そうだな。そういう役、夜久さんならピッタリだと思うけど、どうだろう」
 「わっ、私ですか? ダメです、私には金久保先輩のようにはできません」
誉に顔を覗き込まれて、月子は顔を真っ赤にしながら首を横に振った。
 「僕のようにじゃなくても良いんだよ。キミはキミのやり方でね。
 宮地くんが暴走したら止めるだけなんだから、簡単でしょ」
 「俺は暴走なんてしません!!」
龍之介の怒鳴り声に呼応するように、更に輪の外側からあからさまな溜め息の音が聞こえてくる。
 「宮地部長が暴走するのは、いつものことじゃないですか。
 それより、そんな言い争いをするために、僕たちは呼ばれたんですか?
 こう見えても僕、忙しいんですよね。何もないなら、早く解散にしてくれませんか」
つまらなそうな顔をした木ノ瀬梓が素直に不満を口にすると、犬飼がそれを受けて茶々を入れる。
 「宮地を暴走させてる張本人がそれを言うか? まったく木ノ瀬は怖いもの知らずだよな」
『なぁ、宮地』という犬飼の言葉を黙殺して、龍之介は改めて話しを進めることにした。
 「悪かったな、木ノ瀬。他のみんなも、座ってくれ。部内で決めなければいけないことができた。
 時間もないから、早々に決めるぞ」
龍之介の言葉を合図に、誉の周りに集まっていた部員たちも、大人しく席に着く。
 
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