「ミスキャスト」(3)

 「大丈夫ですよ、夜久先輩。先輩なら、きっと上手くやれますから。
 そうですね、演目はシンデレラなんてどうですか?
 弓道部には鬼指導が得意な、継母に打って付けの人が居ますし」
 「それは誰のことだ、木ノ瀬」
意地悪な笑みを浮かべる梓の後ろに、再び炎を背負った龍之介が立つ。
その遣り取りに割って入る形で、犬飼が笑って梓の案を肯定する。
 「上手いこと言うな、木ノ瀬。はい、宮地。継母はお前で決定!!」
 「じゃあじゃあ、俺は王子」
その流れに乗って白鳥が口を開いた瞬間、梓が会話に割り込んだ。
 「夜久先輩がお姫様なら、王子様役は僕しかいないですよね。
 先輩、僕が相手役では嫌ですか?」
 「あ、あの」
先程浮かべていた意地悪な微笑を隠し、上目遣いの甘えた表情を作って、
月子に懇願する。その顔にドキドキしながらも、月子は困り果てて、
誉の方へと救いの視線を向けた。
 「ほらほらみんな、夜久さんが困っているよ。ねぇ、そんなに主役は嫌?」
 「嫌です。緊張して台詞を忘れちゃったり、ドレスの裾を踏んで転んだり。
 そういうドジ、絶対するんですよ、私」
緊張して失敗したら、みんなに迷惑が掛かってしまう。
誉の問いに、思い切り首を振って意思表示する。
そんな様子を見ていた龍之介が、月子の肩をポンっと叩く。
 「そんな心配、気にするな。それでも不安なら、俺が支えてやる。
 舞台に立つのは気が進まんが、お前がそれで安心するなら俺が王子役を」
そこまで口にした処で、また梓が割って入る。
 「宮地部長は継母に決まったんですよ。それに、夜久先輩をリードするなら、
 僕の方が適任です。そうでしょ、先輩」
龍之介と梓に囲まれている月子を眺めながら、最初に演劇を提案した白鳥の
小さな遠吠えが虚しく反響する。
 「いや、だからあの、王子役は俺が……」
 「白鳥、諦めろ。どう頑張っても、俺たちに与えられる役は、
 意地悪なお義姉さんだけなんだよ」
 「僕も何かやりたいです」
力強く白鳥の肩を叩く犬飼の傍で、小熊が小さく自己主張する。
お決まりの遣り取りを楽しそうに見つめていた誉が、そろそろ潮時かなと、
時計を確認しながら、再び手を叩いた。
 「ある程度、決まったようだね。弓道部の演し物は演劇。演目はシンデレラ。
 これで良い?」
部長時代の貫禄で、誉がテキパキと進めていく。
龍之介は、慌てて黒板の前へ戻ると、誉の言葉に従って決定事項を書き出す。
 「じゃあ、配役だけど。夜久さん、本当にお姫様の役は嫌なの?」
 「はい」
誉の言葉に、月子は力強く肯いた。
その瞬間、周囲の雰囲気がガッカリ感に包まれる。
 「そう。僕は見てみたいけど、キミが嫌なら仕方ないね。
 まぁ、僕は裏方でしか参加できないから、キミを支えてはあげられないし。
 僕としてはその方が良かったのかな」
 「えっ?」
部員全員に驚きの表情で見つめられる中で、誉は何もなかったように微笑む。
それから、黒板の前で茫然としている龍之介を振り向くと、話の先を進める。
 「配役は、決定している処から埋めていこうか。継母は宮地くんで、
 二人のお義姉さんは犬飼くんと白鳥くん。それから王子様は木ノ瀬くんだっけ」
 「俺の継母は、いつ決定事項になったんだ」
ブツブツと独り言を呟きながら、誉の言葉に従って黒板に名前を書いていく。
その決定に異を唱えたのは、梓だった。
 「僕は夜久先輩がお姫様をやらないんだったら、遠慮しておきますよ」
 「そう言わないで。王子様役は、木ノ瀬くんにピッタリだと思うよ。
 だからこれはもう決まり。他のみんなも文句は言ってないでしょ。
 そうだね、木ノ瀬くんが王子様なら、お姫様役は小熊くんかな」
梓の不満を強引に押しとどめると、更に他の配役を決めていく。
名前の上がった小熊が、これまた大声で異を唱えた。
その向こうで、梓も不快そうな顔をしている。
 「えー!! 僕、嫌ですぅ」
 「おっ、良いじゃん。小熊がシンデレラなら、いじめがいがあるしな」
 「そうだぞ、小熊。お前さっき、自分も何かやりたいって言ってたじゃないか」
今度は、白鳥と犬飼が誉の決定に賛成の意を表明する。
 「言いましたけど。まさかお姫様だなんて思わなかったんですよ。
 それに、宮地部長の鬼指導と、白鳥先輩と犬飼先輩からのいじめって。
 これじゃ部活と変わらないじゃないですかー」
小熊の悲痛な叫びが教室内に反響する。
けれどその思いは、先輩部員の心には届かない。
あっさりと流されると、誉がすぐに次の配役決めに取り掛かる。
 「後は、シンデレラに魔法を掛ける魔法使いの役が残ってるんだけど。
 これは夜久さんにやって欲しいな。女子部員が居るのに舞台に出さない
 なんて、やっぱり怒られちゃうからね。優勝を狙うなら、これは外せないよ。
 台詞も出番も少ないし、どうかな?」
隣の席で半べそ状態の小熊を横目に、月子は心を決めたように頷いた。
 「みんながやるなら、私も頑張ります」
その答えを聞くと、誉は一度大きく手を叩く。
 「これで決まりだね。脚本は裏方の僕が担当しよう。
 来週までに用意するから、みんな準備しておいてね」
そう告げると同時に、下校時刻を報せるチャイムの音が鳴り響く。
今年の学園祭は、波乱に満ちている。
部員全員の脳裏には、同じ思いが浮かんでいた。

完(2011.12.25)  
 
BACK  ◆  HOME