「ご褒美」(4)

――――― 遡ること30分前。
観測会に向かうために部屋を出た梓は、
扉の前でにこやかに笑う二人のクラスメイトに遭遇した。
 「もしかして、僕に用事? 悪いけど、これから予定があるんだよね」
訝しげな顔でそう言うと、二人をやり過ごして、その場を離れようとする。
しかし、まるで通せんぼでもするかのように、二人は梓の前を遮った。
 「ふふーん。そうは行かないんだよね、木ノ瀬くん」
 「そうそう。今日はこれから、宇宙科一年生、全員参加のイベントが待ってるんだから」
笑顔の二人組はそう言うと、梓の両脇から腕を組み、引きずるように歩き出した。
 「えっ、ちょっと、何? イベントなんて僕、聞いてないよ。もぉ、引っ張らないでってばー」
虚しく反響する梓の声を残して、三人は寮の外へと向かった。
外へ出た処で漸く腕を解いた梓は、説明を求めるように、クラスメイト二人に詰め寄る。
 「まったく、いったい何なの? イベントの話なんて、聞いてないよ?」
 「俺達も、さっき聞いたばかりだもん、当然だよ。
 そろそろ、館内放送で集合が掛るんじゃないないかな」
 「聞いて驚くなよ。なんと、今日は特別に、食堂で好きなモノが食べられる!!」
嬉しそうに声を張り上げるクラスメイトと、その口から告げられた内容に、
梓は呆然とした顔で受け止めることしかできなかった。
宇宙科の一年生は、宇宙食に慣れることが課せられているため、
入学してからの半年間は、食事をすべて宇宙食で済ませる決まりになっている。
たとえ一食でも自由な食事が認められれば、それはとても嬉しいこと。
ただ、全員参加で一緒に食べなくても、良さそうなものなのに。
梓は、クラスメイトの言葉を聞きながら、溜め息混じりに、そんな事を考えていた。
 「判った。全員参加なら仕方ない。でも、予定があるのは本当なんだよね。
 電話だけ、掛けさせてくれないかな」
観測会に誘ってくれた月子に、遅刻することを伝えなければいけない。
二人に背中を向けるように立つと、携帯電話を取り出す。
コール音が聞こえた瞬間、クラスメイトの一人に、電話を持つ手を掴まれた。
 「ダメ。もう集合時間なんだよね」
 「遅刻して食べられなかったら、木ノ瀬のせいだからな」
電話はすぐに切られ、食堂に向かって、再び引きづられていく。
それからも、みんなと一緒に食事をする最中、電話やメールをする機会を狙ってみるが、
尽く邪魔をされてしまった。
 「食事も終わったし、僕はもう、行くよ」
宇宙科の一年生が全員揃って始めた食事も、食べ終えた生徒から自由に解散している。
梓は暫くの間、クラスメイト達の会話に付き合っていたけれど、月子のことが気になって
席を立つことにした。
 「まぁ、待てよ、木ノ瀬。まだ話は終わってないって」
立ち上がった梓を無理矢理座らせると、隣に座っているクラスメイトはまた、
身振り手振りを交えて話し始める。
梓は軽く息を吐き出すと、付き合い切れないという顔で、キッパリと断ることにした。
 「悪いけど、その話は今度にしてくれないかな。これだけ付き合ったんだ。
 もうそろそろ……」
 「あっ、ごめん!!」
梓の剣幕に押されて、両脇を陣取っていたクラスメイトの二人は、
困った顔で視線を合わせる。
その時、テーブルに置かれていた梓の携帯電話が鳴りだした。
音に驚いたクラスメイトの一人が、肘を打付けた拍子に、
携帯電話がテーブルの下へと落ちていく。
床に到着する寸前の処で拾った時、何処かのボタンに触れてしまった。
 『もしもし、梓くん?』
 「うわっ」
電話の向こうから聞こえてくる声に、更に焦ったクラスメイトは、
また違うボタンを押してしまう。
そして、電話の向こうから聞こえてくる『ツーツーツー』という音に、
呆然とした顔の三人は、無言で耳を傾けていた。
 「木ノ瀬くん、ホント、ごめん」
暫く固まっていたクラスメイトが、慌てて携帯電話を掲げながら頭を下げる。
それを見た梓は、肩を竦めただけで、特に腹をたてることもなかった。
 「まったく、僕の電話に勝手に出ないでよね」
そう言って携帯電話を受け取ると、今度こそ席を立つ。
 「じゃあ、僕はもう行くから」
 「あっ、あぁ。……もう、良いよな。俺達、充分やったよな」
 「うん。大丈夫だよ。これだけ時間を稼いだんだもん。
 天羽くんだって、俺達を実験台になんてしないよ」
梓を見送ったクラスメイトの二人は、お互いに額を寄せ合い、
小声で自分達の労を犒い始めた。
そんな二人の間から、黒い影が伸びてくる。
 「ねぇ、その話。もう少し詳しく聞かせてくれない?」
ゆっくりとした動作で振り向くと、さっきまでの寛大な態度が嘘のような、
冷たい視線で見下ろす梓の姿があった。
 
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