「ご褒美」(2)

 「本当に夜久先輩は、星が好きなんですね。それに、何にでも全力投球だ。
 お陰で僕も、何かに執着することが怖くなくなりましたよ。周りからは、欲張りになった、って
 言われるようになりましたけどね。特に、夜久先輩を手に入れたことに関しては、
 やっかまれることの方が多くなったかな。先輩は人気者だから」
まるでそれを楽しんでいるような顔で、梓は事も無げに言う。
そんな梓の言葉に、月子は顔を赤くしながら、慌てて否定する。
 「またそうやって揶揄う」
 「揶揄ってるわけじゃないですよ。本当にそうなんです。
 でも、嫌ではないですから安心してください。
 それに、僕ならそれくらい、簡単にあしらえますし。
 そんな事より、夜の観測会。まさか一人で、って訳じゃないですよね?」
自信たっぷりな笑顔から一転、急に不審そうな顔を向ける梓に、
月子は軽く頷きながら、いつも一緒にいる幼馴染の名前を口にする。
 「うん。錫也と哉太が一緒。同じ天文科だから課題も同じだしね。
 一緒にやった方が早く終わるし、だって、一人よりみんなでやる方が楽しいでしょ」
 「やっぱり。どちらかと言うと、僕はそっちの方が気がかりですね。
 夜久先輩を取られそうだ、って心配はしてませんけど。
 僕より長い時間一緒に居るって言うのは、少しだけ気に入りません。
 って、何を笑ってるんですか?」
屈託なく微笑む月子に、梓は大仰に息を吐き出すと、心の内にある不満を漏らす。
すると、話を聞いているはずの月子が、クスクスと笑い始めた。
 「ごめん、ごめん。梓くんでも拗ねることがあるんだな、って思ったらつい……」
 『可愛くて』
そう言葉を続けそうになるのを、何とか思い留まる。
それを口にすると、梓が更に機嫌を悪くしそうだったから。
 「別に、拗ねてるわけじゃないです。ただ、部活の時間が減ったせいで、
 夜久先輩ともあまり逢えなくなったじゃないですか。電話では話してますけど、
 やっぱり逢って話がしたい。僕がそう思っているときに、夜久先輩は、
 幼馴染の先輩たちと一緒に過ごしてる。それって、彼氏としては喜ばしい
 ことではないでしょう」
口では拗ねていないと言いながら、完全に拗ねた口調の梓は、
もう一度大きな溜め息を吐き出す。
怒っていると言うよりは、淋しそうな表情が浮かんでいることに気付くと、
月子は慌てて自分の気持ちを伝える。
 「私だって、梓くんにもっと逢いたいって思ってるよ」
 「本当ですか!! なら、今夜の天体観測、僕も付き合って良いですか?
 僕だって星月学園の生徒ですからね。星を見るのは好きなんですよ」
途端に、梓の顔に満面の笑みが浮かんだ。
月子の両手を握ると、お強請りをする子供のようにはしゃいでいる。
 「うん、もちろん。観測会は、いつも8時から始まって、10時にはお開き。
 遅い時間だけど、大丈夫? 明日、また寝坊しちゃわない?」
嬉しそうに笑う梓を見て、月子も釣られたように笑顔になる。
 「その時間なら遅い方には入りませんよ。昨日は、翼の実験に付き合っていて、
 明け方まで解放してもらえなかったんです。今頃は、生徒会室の片付けの
 真っ最中だろうから、夜久先輩は近寄らない方が良いですよ」
昨夜のことを思い出したように、うんざりした声で説明する。
天羽翼。生徒会の会計で、梓の従兄弟にあたる宇宙科の一年生。
生徒会室の奥に実験室を作って、不可思議な実験を日々繰り返している。
同じく生徒会の書記をしている月子も、よく知っている後輩の一人だった。
 「8時に屋上庭園に集合ですね。僕、必ず行きますから、待っていてください」
待ち合わせ時間を確認すると、梓はランニングの続きを再開させるために、
手を振って走っていく。
それを見送る月子も、本来の目的だった図書館へと歩き出した。
 「……だってよ、錫也。どうする?」
 「どうするって、何が? 哉太」
二人の姿が見えなくなると、近くにあった木の陰から、
先程まで話題に出ていた幼馴染の二人が顔を出す。
不機嫌そうな顔の七海哉太と、何をそんなに怒ってるんだ?という顔をする東月錫也。
 「何がって、腹が立たないのかよ。
 『夜久先輩を取られそうだ、って心配はしてませんけど』
 なーんて生意気なこと言いやがって。完全に俺らを舐めてるって態度だろ」
平然としている錫也に、哉太は更に苛立ちを隠せない様子で当り散らす。
梓の声色の真似までしてみせると、錫也が可笑しそうに吹き出した。
 「木ノ瀬くんは自信家で有名だからね。宇宙科の中でも成績はトップだし、
 弓道も天才的。自信を裏付けるものを証明してみせてるんだから、
 たいした一年生だと思うよ」
 「天才的かぁ。羊もそうだったよな。月子のやつは、そういうタイプが好きなのか?」
懐かしそうに、月子のもう一人の幼馴染を思い出す。
春の間だけ転校してきた土萌羊は、現在は両親と共に、
アメリカで天文学の研究に励んでいる。
天才的で自信家な処は、梓に近いものがあった。
 「俺たちは長く一緒に居すぎたからね。兄弟にしか思えないんじゃないかな」
少し淋しそうに錫也が呟くと、哉太はチェッと舌打ちをする。
 「だから、ここは一つ、見極めてみようよ。
 木ノ瀬くんが、俺たちの妹の彼氏として相応しいかどうかを」
錫也の提案に、二人は視線を合わせると、不敵な微笑を浮かべた。
 
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