「前夜祭」(2)

月子の前に広げられた布の山。形を確認すると、どうやら衣装のように見える。
 「喫茶店でコスプレをすることになったの。担任の陽日先生、それから保健医の星月先生。
 後、教育実習に来てる水嶋先生が、当日これを着て接客してくれるんだよ」
羊の視線の先に気付いた月子が、事情を説明する。
その言葉に、羊が驚きの声を上げた。
 「コスプレ!! 月子も何か着るの?」
 「ううん、着ないよ。だって、恥ずかしいもん。だから衣装係をやることになったんだけど」
恥ずかしそうに顔を赤らめていた月子は、手元に抱えた衣装を眺めながら、
軽い溜め息を漏らす。その様子で、進捗が滞ってることがすぐに判った。
 「ホント無謀だよ。月子の不器用さを、誰も知らないんだから」
 「そっ。女だから裁縫ができる、なんて嘘、嘘。相手を見てから言え、ってんだよな」
 「二人共、それは言い過ぎだよ。私だって、やればできるんだからね!!」
揶揄う二人に声を荒げる月子。羊はそんな遣り取りを懐かしく思いながらも、
これで月子を独占できるかも、と内心ほくそ笑んでいた。
 「学園祭は明日なんでしょ? 僕も手伝うから、頑張って仕上げようよ」
 「ありがとう、羊くん」
その言葉を合図に、錫也と哉太もそれぞれの作業に戻っていく。
隣のテーブルから漂ってくる食材の良い香りに、我慢できなくなった羊は、
錫也に懇願の声を上げた。
 「錫也、お腹空いた。今すぐ食べられる物、何かない?」
 「味見用に焼いたクッキーならあるけど、それで良いか?」
 「うん、それが良い。錫也のクッキー、ずっと食べたかったんだ」
手渡されたクッキーを摘みつつ、月子から預かった布に針を通していく。
その手元を見ていた月子が、自分の分と見比べた後、また盛大に溜め息を吐き出した。
 「ところで、羊はいつまでこっちに居られるんだ?」
泡だて器で卵白を泡立てながら、哉太が羊に尋ねる。
軽口を叩き合って喧嘩ばかりしているけれど、哉太は羊のことが気に入っていた。
夢を叶えるためにフランスへ帰ってしまった羊を、一番淋しく思っていたのは哉太かもしれない。
今回は長く一緒に居られるのか、気になっている様子が周囲にもアリアリと判る。
 「学園祭が終わるまで、かな。翌日のフライトチケットを抑えてあるから。
 学園側にもお願いして、僕が使ってた部屋を貸してもらえたんだ。
 だから、それまではまた、僕も星月学園の生徒のつもりだよ」
 「そっか、学園祭はずっと居られるんだ。なら、あちこち一緒に回れるな。
 部屋なんか確保しなくても良いよ。俺とか錫也の部屋に、いつでも泊めてやるからさ」
 「えー。僕、月子と二人で回ろうと思ってたんだけど。それに、哉太の部屋、どうせまた
 すごく汚いんでしょ。よく泊りに来いなんて言えるよね」
明日から始まる学園祭を思って、ウキウキしながら言う哉太にたいして、
羊がウンザリとした顔で憎まれ口を返す。
二人の遣り取りには慣れっこになっている月子は、楽しそうに眺めていた視線を
錫也の方へと向ける。そろそろ止めないとね、と訴えるように。
 「なんだとー!! せっかく俺がっ」
 「はいはい、そこまで。哉太、手が止まってる。でも、羊。哉太の言うとおりだよ。
 部屋のことなら気にしないで、俺の部屋で良かったらいつでもアテにしてくれて良い。
 だから、もし日本に来られるなら、ここへも顔を出して欲しいな。
 俺も哉太も、そして月子だって、羊には何度でも逢いたいって、そう思ってるんだから」
 「錫也、ありがとう。その時はそうさせてもらうよ」
錫也の鶴の一声でその場が収まると、またそれぞれ作業を開始する。
 
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