「前夜祭」(3)

一旦は作業に集中した四人だったけれど、すぐにまたおしゃべりが始まってしまう。
 「学園祭の間はずっと居られるんだね。なら、今年は一緒にスターロードを見に行こう」
月子が思い出したように口を開くと、布に糸を滑らすように動かしていた羊が顔を上げる。
 「スターロード? 月子、それは何なの?」
 「月子、お前」
 「羊と一緒に行く、ってのか?」
キョトンとした顔で聞き返す羊に、驚きを隠せない表情で立ち尽くす錫也と哉太。
その反応が、月子には意外に感じられた。
 「えっ、ダメなの?」
 「ねぇ、スターロードって何? みんなも知ってるなら、教えてよ」
不安そうな顔をする月子が気になって、羊はもう一度不満の声を上げる。
その声に反応して、哉太が拗ねたようにそっぽを向きながら、答えを口にする。
 「最終日に中庭に作られるんだ。あの一体を光で覆った道ができる」
 「すごく綺麗で、とってもロマンチックなんだよ」
うっとりした表情を浮かべる月子を見て、光に包まれた中庭を想像する。
確かに女の子が好きそうなイベントだと、羊は小さく頷いた。
 「それ、僕も見たいな。月子と一緒なら、余計にロマンチックだよね」
 「スターロードを歩いた二人は、恋人同士になれる、って言い伝えがある」
 「その場所を羊と一緒に……。やっぱりお前、羊のこと」
ぶっきら棒な言い方でスターロードの言い伝えを説明する哉太の言葉を承けて、
錫也も独りごちる。明らかにショックを受けているのが、羊にはすぐに判った。
やれやれと肩を竦めると、月子の顔を見つめるようにして口を開く。
 「そんな言い伝えがあるんだ。そこに僕を誘ってくれるなんて、嬉しいよ。
 ねぇ、そのイベント、去年はどうしてたの? 行かなかったわけじゃないよね?」
 「去年は錫也と哉太と三人で行ったよ。だから、今年は羊くんも一緒に四人で、って
 思ったんだけど。錫也も哉太も、それじゃダメかな? 羊くんが一緒でも良いよね?」
再び不安そうな表情を浮かべる月子に、錫也も哉太もあからさまに嬉しそうな顔をする。
その変わり身の速さがおかしくて、クスリと羊が笑った。
 「えっ、そう意味だったのか?」
 「あっ、ああ、もちろん良いよ。羊も一緒に行こう。……月子は、ホント、天然だよな」
小さく呟いた錫也の声に、月子が素早く反応する。
ただ、呟いた言葉は、月子の耳には届いていない。
 「何か言った、錫也?」
 「ううん、何も言わないよ。なっ、哉太」
 「何で俺に振るんだよ。おぉ、錫也は何も言ってないぞ。なぁ、羊」
 「知らないよ、そんなの。あーあ、てっきり月子と二人で歩ける、って思ったのにな」
慌てる二人を他所に、羊が不満そうに言う。
そんな羊の反応に、月子が思い付いた、という顔を向ける。
 「ごめんね、羊くん。もしかして、他に誰か一緒に行きたい人とか居た? 
 恋人同士になるって言い伝えだもん。どうせなら心に思ってる人と一緒が良いよね」
月子の言葉に、少し心が傷む。
さっきまでの錫也や哉太と同じ気持ちなんだと、そう実感する。
 「どうしてそんなふうに思うの? 他になんて居ないよ。
 僕の心の中にいるのは、月子、キミだけなんだから」
傍に居られない時間を埋めるように、ありったけの思いを詰め込んで、
月子の瞳を覗き込む。どうか、この気持ちが届きますように。
その願いが届いているのか、月子の顔がどんどん赤くなる。
 「よ、羊くん、あの……」
 「おい、羊!! こいつにあんまり近付くなよ。さり気なく、手を握るんじゃない!!」
二人の間を引き裂こうと、頭上で哉太の怒鳴り声が響く。
それを引き際だと感じ取り、月子からは手を離さずに、哉太へと視線を送る。
 「煩いな、哉太は。本当は自分がやりたいんじゃないの?」
 「なんだとぉ!!」
 「はいはい、もうお終いだよ。準備が終わらないと、楽しい学園祭も最終日のスターロードも、
 全部お預けだからね。それでも良いのか?」
錫也が手を叩いて終了の合図を送ると、睨み合っていた羊と哉太が素直にそれに従った。
 「はーい」
 「うふふ」
二人の返事に、月子の楽しそうな笑い声が重なる。
お馴染みの遣り取りは、その後もずっと続いていた。

完(2011.11.27)  
 
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