「はじまりの予感」(5)

拾ったキーホルダーを持ち主に返そうと、空き時間を使って、
学部棟やサークル棟を歩きまわってみたが、あの少女を見付けることはできなかった。
特に必要な物ではないのかも知れない。
そう言い訳をして、少女を探すことを諦めた祐一は、久し振りに図書館前のベンチにやってきた。
食堂脇の売店でテイクアウト用に買ったいなり寿司を食べていると、読んでいた本に影が映る。
 「狐邑くん、やーっと見付けた」
 「・・・俺も、見付けた」
顔を上げると、少女の笑顔がそこにあった。
 「もぉ、ずっと探してたんだよ。はい、この間手伝ってもらったお礼。なんと、苺味」
そう言って祐一の隣に座ると、鞄の中から取り出したお菓子の箱を手渡す。
 「苺味?」
売店で祐一が選んだ『苺味』のことを、少女はまだ覚えていたらしい。
 「狐邑くん、ラッキーだよ。昨日だったら、オレンジ味だったもん」
 「毎日、違う物を用意して、探していたのか?」
 「んー、そう言われると、ちょっと心が痛むなぁ。半分は自分用のつもりで買ってるんだもん。
 ただの横流しなんだよね」
このまま今日も見付からなければ、このお菓子は少女が食べるおやつになっていたのだろうか。
特に好んでお菓子を食べる習慣のない祐一は、このまま返した方が良いのではないかと迷いながら、
手にしたお菓子の箱を眺めていた。
 「で、狐邑くんも、私を探してたの?」
 「ああ。これを返そうと思っていた」
持っていたキーホールダーをポケットから出すと、少女の目の前に広げてみせた。
キーホールダーを見た少女は、一瞬驚いたように目を見開き、その後すぐに破顔する。
 「これ、狐邑くんが拾ってくれてたの?うわぁ、ありがとう。探してたんだよぉ、これ」
祐一から受け取ったキーホルダーを、大切な物を扱うように手の中に包む。
それを見た祐一は、諦めかけた事を少しだけ後悔した。もう少し早く、返してやるんだったな。
 「大切な物だったのか?」
 「うん、私の守り神なんだよ」
 「守り神?」
その言葉に、言い知れない違和感を覚える。
生まれ育った季封村では、祐一自身が守護者と呼ばれていた。
カミの血を引き、大切な姫君を護る役割を担い、そのためだけに生かされ続けた。
そんな普通ではない生き方をしてきた自分ではなく、何処にでもいる普通の少女の口から、
『守り神』などという言葉が出てくることが、とても不思議に感じられる。
 「狐邑くん、九尾神社って聞いたことある?」
少女の質問に、祐一は記憶を辿る。少女の口にした神社には、聞き覚えがあった。
 「その名の通り、九つの尾を持つ狐像を御神躰にしている神社、と記憶している。
 だが、九尾神社は通称で、正式な神社名ではなかったはずだ」
九つの尾を持つ白狐。祐一の身体に流れている血の源、妖狐ゲントウカ。
その神に酷似している狐の像を祀った神社の話は、紅陵学院の図書室で読んだ文献の記述にあった。
同じ神なのか、それとも近い存在の神のものなのか。
祐一は、何度となくその文献を読み、その神社に纏わる情報を探し求めた。
だがいくら探しても、それ以上ことは判らないままだった。
 「よく知ってるね。そう、その御神躰である狐像が、私のお母さんなんだよ」
 「!!」
少女の言葉に、祐一は耳を疑った。真意を確かめようと、彼女の顔を凝視する。
すると、少女は不満そうな声を漏らす。
 「あー、信じてないって顔してる」
 「いや、それは違う。驚いただけだ。そうか。あの御神躰は、女性像だったのか」
 「あはは、狐邑くんって、やっぱり可笑しいぃ。普通、そういうツッコミするぅ?」
祐一の返答に、少女は一頻り笑い転げると、最後は満足そうに頷いた。
 「うん、良いよ、別にお父さんでも。どっちでも良いんだ、本当のところは。
 狐邑くんは笑わないでいてくれたから、教えてあげるよ。私のこと」
さっきまでの楽しそうな笑顔を封じ込め、少女は真剣な口調で語り始める。
 
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