「はじまりの予感」(2)

不思議な少女との出逢いの事は、あの時以来忘れていた。
誰かが連れてきただけの、大学とは無関係の人間。
視線を留めてしまったのは、その場にいるはずのない存在への違和感。
ただそれだけに過ぎない。祐一は、あの時の事をそう理解していた。
再び、あの少女と出逢うまでは・・・。

 「えー、まだ悩んでるのー?」
 「うん、ごめん、もうちょっと」
 「先にサークル室行ってるから、あんたはそこで、好きなだけ悩んでなさい」
学食の脇にある売店で、テイクアウト用のいなり寿司を買っていた祐一は、
デザートコーナーの一角に立ち尽くしている少女を見かけた。
少女の傍に居た友人達が、手を振って去っていく。
残された少女は、腕を組んだまま、デザートが置かれた棚を凝視して動かない。
いったい、何をそんなに悩んでいるのだろう?
そう不思議に思い、少女の頭越しに、棚の中を覗いてみることにした。
その姿が影になって映ったのだろう。少女が気付いて顔を上げる。
完全に目が合った。今度は、間に隠れる人垣もない。
祐一の心に一瞬の戸惑いが生まれたが、それを表面には出さず、
ただ静かにその場に佇んでいた。反応を相手に託す。
するとまた、少女はにっこりと微笑んだ。
 「ねぇ、狐邑くんは、どっちが好き?」
そう言って、棚に置かれた二種類のデザートを手に取り、祐一に向かって掲げて見せる。
 「さっきから悩んでるんだよぉ。流行未だ冷めやらぬ生チョコ味か、季節限定苺味か。
 どっちも好きだから、自分じゃ決められない。ねっ、どっちが好き?」
さすがにこの反応は、祐一にとっても予想外だった。
目の前に突き出された商品は、どちらも同じように見えて、違いがよく判らない。
ただ、期待の籠った眼差しで見詰められると、何も答えないというわけにはいかなそうだ。
 「・・・苺」
限定と言う事は、この機会を逃せば食べられない可能性もある。そう判断して苺味を選ぶ。
 「苺ね。うん、じゃあ、それに決めた。ありがと、狐邑くん」
手に持っていたチョコレート味を棚に戻すと、少女は祐一にお礼を言ってレジへと向かう。
 「あっ」
 「ん、何?」
まさかそのまま行ってしまうとは思わなかったので、つい声が出てしまった。
少女が振り向いてしまった事に、さらに動揺する。
 「君は、ここの学生?」
 「そうだよ」
特に拘りがあって口にしたわけではない問いに、少女は満面の笑みでそう答えると、
そのまま立ち去って行く。
少女の小さな背中を見送りながら、祐一は何故か友人の姿を思い出していた。
元気に走り回り、いつも笑顔を受べていた友人と、立ち去る少女の印象とが、
重なって見えた気がした。
 
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