「献上品」(2)

珠紀の教室へ向かっている途中、廊下で拓磨と出会した。
 「真弘先輩、まだこんな処に居たんすか? 珠紀、待ってましたよ」
 「あぁ、祐一と話し込んでたら、遅くなっちまった」
 「祐一先輩と? 何かあったんすか?」
珠紀を待たせてまで話していたことに引っ掛かりを覚えたらしい拓磨が、
心配そうな顔で聞いてくる。
まぁ、あんまり期待はできないが、立ち止まったついでだし、拓磨にも聞いてみるか。
 「いや、大したことじゃない。……なぁ、拓磨。お前は“あれ”、何だと思ってるんだ?」
前置きなしで、行き成り核心を突く質問を打付ける。
一瞬、えっ、という顔をする拓磨も、何かを思い当てたように頷いた。
 「“あれ”っすか? “あれ”って言ったらやっぱり」
 「たい焼きって答えたら、ぶっ飛ばすからな」
ニヤリと笑う拓磨の顔を見て、俺は先回りする。
俺の牽制を承けて、拓磨の目が泳ぐ。
拓磨のやつ、今絶対に『たい焼き』って言うつもりだったぞ。
 「なっ、たい焼きは最高なんすよ!! 焼きそばパンなんかよりもずっと!!
 じゃあ、真弘先輩には、“あれ”が何か、判ってるんすよね」
こいつ、開き直りやがった。くそーっ、焼きそばパンをバカにしやがって。
拓磨にはぜってー負けねーからな。
 「おうよ。俺様のは、すんげーんだぞ。当日、ビックリさせてやるからな」
口から出任せで、請け合っちまった。でも、たい焼きになんか負けて堪るか。
もちろん、土産の品に焼きそばパンなんか持ってかねーけどな。
 「ビックリ? それって、真弘先輩にしか手に入れらない、貴重なものなんすか?」
 「そ、そうだ。俺様だからこそ手に入れられる、すっげー代物だ。
 んじゃ、楽しみにしとけよー」
俺はそう言って手を振ると、その場に拓磨を残して歩き去る。
廊下を曲って拓磨の視界から消えると、その場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
 「くそー、売り言葉に買い言葉で、余計なことを言っちまった。
 俺しか手に入れられないスゲー物って何だよ。わっかんねーぞ」
 「真弘先輩、どうしたんですか? また拾った物でも食べて、お腹壊したんですか?」
ブツブツと独り言を呟いていると、頭上から声が降ってくる。この声は、慎司か。
 「んなことするかー!! それに、またって何だ、またってのはよー!!」
俺は勢い良く立ち上がると、怒鳴り散らした。
そもそも、頭抑えて蹲ってたんだぞ。それを見て、どうして腹を壊したと思うんだよ。
 「嫌だな、言葉のあやですよ。本気にしないでください、先輩」
あはは、とわざとらしく笑って誤魔化す慎司を、俺は寛大な心で許してやることにした。
ついでだ、慎司にも“あれ”について聞いてみるか。
 「そんなことより、お前、もう“あれ”は決めたか?」
 「“あれ”って何ですか?」
唐突な質問に、慎司がキョトンとした顔で聞き返してくる。
察しの悪い慎司に多少イラつきながら、俺はつっけんどんな言い方をする。
 「珠紀が持って来いって言った、“あれ”だよ」
 「あっ、そのことですか。ごめんなさい。実は僕、何も思い付いてないんですよ。
 あの時、大蛇さんも祐一先輩も、あの拓磨先輩ですら、何か心当たりがあった
 みたいなのに。あれから一生懸命考えてるんですけど、僕にはさっぱりです。
 真弘先輩は何を持っていくか、もう決めたんですか?」
何だ。あの時、慎司にも心当たりがなかったのか。俺だけじゃなかったんだ。
同胞を得て気が楽になった俺は、途端に機嫌を直す。
 「実は俺にもさっぱり判らん。土産なんて持って誰かの家に行ったなんて経験、
 したことねーもんなぁ」
拓磨には対抗心が優って、素直に認められなかった事実を、
何故か慎司には言えちまった。こいつはそれで、俺を揶揄ったりしねーからな。
 「僕も、ババ様や宮司様のお遣いで届け物をするくらいしか。
 でも、珠紀先輩が好きなものなら、特に名物でなくても良いんじゃないですか?
 珠紀先輩が好きなものなら、きっとご両親だって気に入ってくれますよ」
 「珠紀が……好きな物、か」
珠紀が好きな物って、何だ? 好きな物で良いなら、自分が好きな物じゃダメか?
祐一ならいなり寿司、拓磨ならたい焼きだろ。俺は、やっぱりやきそばパンか?
一番好きって言ったら、珠紀だけど。でも、珠紀を土産にするわけにいかねーだろ。
土産どころか、珠紀は絶対誰にも渡さねー。
 「ま、真弘先輩? さっきから一人でどうしたんですか?
 にやけてたと思ったら、怒り出すし。百面相は、見てる分には面白いですけど、
 でも、やっぱり気持ち悪いです」
慎司の声に我に返る。
俺、今、すっげー恥ずかしいこと、考えてたよな?
狼狽えて顔が赤くなるのを、悪態を吐くことで誤魔化す。
 「う、煩せーな。珠紀、待たせてんだよ。俺は忙しいんだ。邪魔すんな!!」
 「えー、僕が悪いんですかぁ?」
後ろから聞こえてくる慎司の声を振り切って、珠紀の待つ教室へと駆け出した。
 
BACK  ◆  NEXT