「献上品」(3)

参道下の階段前まで珠紀を送り届けた後、あいつの視線が途切れたことを確認してから、
俺は大きな溜め息を吐き出した。
珠紀と一緒の帰り道。慎司の助言に従って、珠紀の好きな物ってやつを、聞いてみた。
その結果、益々判らなくなっちまったじゃねーかよ。
 『あ、あのさ珠紀。お前の好きなものって、その、何だ?』
 『好きな、者ですか? うーん、真弘先輩』
 『バッ、違っ!! いや、違くはねーけど。そうじゃねーって。人じゃなくて、物だよ、物。
 例えば、欲しい物とかねーのか?』
 『欲しい物? 特に今はないですよ。だって、真弘先輩がずっと一緒に居てくれますし。
 もちろんみんなが居てくれるのも嬉しいし。毎日、とっても楽しく過ごしてるんですよ、私。
 これ以上、何も要りません』
俺の問い掛けに、珠紀はすげー嬉しい答えと最高の笑顔を返してくれた。
 『そうだ、真弘先輩。週末、見送りには来てくれますよね? 暫く逢えなくなっちゃうし、
 真弘先輩の元気な姿、ちゃんと見てから行きたいんです。だから、絶対に来てくだいね』
別れ際、珠紀はそう俺に念を押す。約束ですよと、何度も言いながら、俺を見送っていた。
あんな可愛いこと言われちまったら、やっぱり他の連中よりも珠紀が喜ぶ土産物を持参しないと、
男が廃るってもんだろう。俺は、珠紀の彼氏なんだからな。
 「とは言ってもなぁ。何にも浮かばねーんだよ、これがさ」
何度目かの溜め息を吐き出していると、近くでクスリと笑う声が聞こえてきた。
ムッとして聞こえてきた方に顔を向けると、大蛇さんが涼しい顔で立っている。
 「これは失礼。鴉取くんにしては珍しく、元気がない様子だったのでつい」
俺が元気ないと、何で笑えるんだよ。失礼な人だな。
 「どうやら、珠紀さんへの献上品が思い当たらなくて、悩んでいるみたいですね」
何で判るんだ。前々から怪しいとは思ってたけど、もしかして人の心が読めるのか?
 「鴉取くんは、考えてることがすぐに顔に出るから、読みやすいんですよ。
 心の中までは読んでませんから、安心してください」
ほら、やっぱり読んでやがる!!
 「大蛇さんは何を持っていくのか、もう決めてるんですか?」
 「私ですか? そうですねぇ、まだ考え倦ねている、という処でしょうか。
 お茶は奥が深いんですよ、ああ見えて。まずは、日本茶にするか紅茶にするか。
 海外からお帰りになったばかりだから、やっぱり日本茶の方が好まれますかね」
土産にお茶? まぁ、確かにいなり寿司やたい焼きよりは、土産っぽいよな。
茶葉なら、一時帰国が済んであっちへ戻る時に持って行っても良い。
さすが大蛇さん、大人な考えだ。俺も負けてはいられないぞ。
俺が関心していると、またクスリと笑う。 んだよ、さっきから。
 「覚えていますか? 珠紀さんが言った、お土産の目的を」
 「目的?」
帰省のための土産に、目的も何もねーよな、普通。
俺は訝しげに聞き返した。
 「そうです。ご両親へのお土産は、季封村ならではの物が良い。
 彼女は何故、そう思ったのでしょう?」
 「それは……」
大蛇さんの更なる問い掛けに、、俺は唐突に思い出す。
 『こんな素晴らしい処に居るんだよって、両親を安心させてあげられたらって』
珠紀の言葉に思い当たると、パッと顔を上げる。
その仕草で、俺が質問の答えを理解したと、大蛇さんは悟ったように頷いた。
 「そうです。珠紀さんは、この村で暮らすことを、ご両親に認めてもらいたかった。
 安心させることによってね。そのための証を、持参したかったんですよ」
 「両親を認めさせるための……証?」
 「ええ、そうです。珠紀さんはどんなものなら、証になると思うのでしょうね」
どんな……もの? 俺は不意にさっきまでの会話を思い出す。
祐一が言っていた。
 『ここでなければ手に入らないもの。それはどんな形であっても、構わない』
拓磨も言っていた。
 『真弘先輩にしか手に入れらない、貴重なもの』
そして、慎司も。
 『珠紀先輩が好きなものなら、きっとご両親だって気に入ってくれます』
珠紀が好きだと言っていたものは、何だった?
そうだ、俺には珠紀の好きなものを渡すことができる。唯一俺だけが、それをやれる。
この村でなければ手に入れらない、貴重なものをアイツに。
 「何か、思い当たるものがあったようですね」
 「あ、あぁ。飛びっ切りのものを思い付いた。ありがとな、大蛇さん。
 珠紀、待ってろよ!! さいっこうなものを、届けてやるからな!!」
俺はそう叫ぶと、喜び勇んで駆け出した。自宅へと向かって。
帰って準備をしなければ。もう、出発まで時間がない。
俺の心の中には、ワクワクとした気持ちが一杯に広がっていた。

完(2011.10.16)  
 
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