「献上品」(1)

日差しが心地良い窓際の席。
午前中にあった体育の授業で充分に身体を動かし、昼には大好物の焼きそばパンで腹を満たす。
午後からは、追い打ちを掛けるように始まる英語の授業。
これはもう、寝ろって言われてるようなもんだよな。
普段の俺なら、祐一に負けないくらいの速さで眠りに落ちていると、自信を持って言える。
だが、今日の俺は違う!! さっきから机に突っ伏してはいるが、決して寝ているわけじゃない。
考えごとをしているんだ。俺様にだって、悩みくらいはあるんだからな。
 「おい、真弘。いい加減に起きたらどうだ。授業はとっくに終わっている。
 放課後に珠紀を迎えに行くと、約束をしていたのではなかったのか?」
頭の上で祐一の呆れ声が聞こえてきて、俺は勢い良く身体を起こした。
 「俺は寝てなんかいねー!!」
 「……なら、よだれぐらい拭いたらどうだ? それに、今終わった授業は、数学だ」
祐一が向けている冷ややかな視線の先を辿ると、よだれでシワシワになった英語の教科書。
俺は慌てて口元を拭うと、教科書を机の中に隠した。
 「わ、判ってるよ、んなことは。ちょっと考えごとに集中し過ぎてただけだ」
 「考えごと? 真弘が? ……どうした。熱でもあるのか?」
 「うっせー!! だからそんなんじゃねーって」
わざとらしく額に差し伸べる祐一の手を遮って、俺は声を上げる。
 「では、何を考えていたと言うんだ? 晩飯のこと……でもないようだな。珠紀のことか?」
更に揶揄いの言葉を口にする祐一は、俺が睨んでいることに気付いて、肩を竦めてみせた。
そう改まって聞かれると、返答に困るんだよな。でも、考えても判らねーし、仕方ない。
ここは祐一に聞くしかないか。
 「あ、あのさ、祐一。……“あれ”って、何だ?」
 「“あれ”?」
唐突な質問に、祐一が不思議そうな顔で見返してくる。あー、っとに、察しの悪い奴だな。
 「ほら、珠紀が実家へ持っていく土産にするからって、季封村の名産品が何かを聞いてただろ。
 あの時、みんなして“あれ”だ、って言ってたじゃんか。なぁ、“あれ”って何だよ?」
一時帰国している両親に逢いに、珠紀が実家へ顔を見せに帰ることになった。
その時に、季封村ならではの物を土産に持っていきたい、と言い出した。
その場に居合わせた他の連中は、それぞれ思い当たる物があるらしい。
だけど、俺にはさっぱりだ。この村は長閑なだけで、特にこれって特産品があるわけでもない。
珠紀が実家へ帰る日に、“あれ”を持っていかなければ、珠紀は他のやつの処へ行っちまう。
それだけは、断固として阻止したい!! いや、したいじゃねー。絶対に阻止してやる!!
 「何だ、そんなことか」
くだらない、と溜め息を吐く祐一に、俺はムッとしてそっぽを向く。
 「そういう言い方すんなよな。俺だって、自分で思い付けば、祐一になんか聞かねーよ」
 「あぁ、すまない。お前が考えごとなどと言うから、またやっかいごとを一人で背負い込んでいる
 のかと思ったんだ。理由が真弘らしくて、安心した」
俺が拗ねたのを気にしてか、祐一が謝罪を口にする。
どんだけ信用ねーんだよ、俺は。それに、らしいってどういう意味だ。
 「で、“あれ”ってのは? いい加減、教えろよ」
 「……いなり寿司。季封村の名物と言ったら、やっぱりこれだろう」
 「あ? いなり……寿司、だと?」
何回目かの同じ質問に、当然だと言わんばかりに肯きながら祐一が答える。
それを聞いた俺は、開いた口が塞がらない。
帰省土産にいなり寿司って、誰が持って行くんだ。そんなの、あっちでだって買えるだろう。
 「俺はそう思うだけだ。真弘が違うと思うなら、別のものを考えろ。
 季封村にあるもの。ここでなければ手に入らないもの。それはどんな形であっても、構わない」
揶揄っているのか、真剣なのか判らない口調で、祐一が俺に言う。
自分で考えろ、か。まぁ、何を選んでも、いなり寿司よりかはマシだよな。
 「ここでなければ手に入らない物、か」
 「あぁ、だからいなり寿司。この村のいなり寿司は絶品だ。話していたら食べたくなってきたな。
 急いで帰るとしよう。真弘も、教室で珠紀が待っているのだろう。早く行った方が良い」
そう言って鞄を手にすると、祐一は早々に教室を出ていった。
 
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