「悩みごと」(5)

珠紀からきちんと話を聞こうとした俺は、珠紀の涙に中てられて、せっかくの覚悟が揺らぎ始めていた。
 「真弘先輩・・・振られたんですか?」
そんな俺に、珠紀は涙を拭いながら、そんな呑気なことを言い返してくる。
 「お前が言うのか!!・・・俺は、遠距離恋愛なんて、ごめんだからな。
 お前に何かあったときに、傍にいられないのも・・・、お前の顔がすぐに見られないのも・・・、
 俺は、絶対に・・・そんなのは・・・」
どう言って良いのか判らず、感情だけが先走って、上手く言葉が出てこないでいると、
ポツリと珠紀が呟いた。
 「・・・それなら、やっぱり振られたのは・・・私ですね」
その言葉は、俺との距離が離れたとしても、都会に戻りたい、って意味・・・だよな?
俺は、珠紀のその呟きに、心の中の何かが、プツリと切れた音を聞いた。
込み上げる憤りを、そのまま珠紀にぶつける。
 「どうしてだよ!!そんなに都会が良いのか?俺の傍より、向こうの方が良いって言うのかよ!!」
 「私じゃありません!!真弘先輩が、私を向こうへ帰したいと思ってるんでしょう?
 他に好きな人ができたんですよね。だから、私を遠ざけようとするんだ!!」
俺の怒鳴り声に、珠紀も負けないくらいの声で言い返す。
俺の『振られた』という言葉を、誤解して受け取ったらしい。
 「んなんこと、思ってねーし、他に好きなやつなんていねーよ。勝手に俺のせいにするな!!」
 「だって、美鶴ちゃんが!!真弘先輩が言ってたって・・・。私を実家へ帰すって。
 そんなに私が嫌いなんですか?傍にいることさえ、許してくれないなんて・・・」
そう言って、涙が更に溢れ出す。
マズイ。珠紀の涙は、俺の理性を狂わせる。絶対にマズイ!!
俺は、衝動を押さえきれずに、そのまま珠紀に手を伸ばす。
腕を掴んで引き寄せると、珠紀の身体ごと、自分の腕の中に収めていた。
一瞬抵抗を見せた珠紀も、力を緩めない俺に、逃れられないと悟ったのか、すぐに大人しくなる。
 「泣くな。俺は、お前に泣かれるのが、一番苦手なんだよ」
 「離して・・・ください。ズルイですよ、こんなの・・・。私を、実家へ帰そうとしてるくせに・・・」
言葉とは裏腹に、珠紀はギュッと俺の服を掴みながら、胸に顔を埋める。
まるで『離さないで』と言ってるような気がして、俺は珠紀を抱く腕に力を込めた。
この腕を、絶対に離したくない。そう思いながら・・・。
 「お前が・・・帰りたいんだろ?そんなに、俺の傍は嫌か?」
 「真弘先輩、言ってることが矛盾してます。美鶴ちゃんには、私を帰すって言ったのに・・・」
 「違う!!お前が帰りたがってるから、俺たちは、お前の気持ちを尊重してだな」
何となく、会話が噛み合っていない。
そう気付いたとき、珠紀が最終宣告をするように、あっさりと俺の勘違いを指摘する。
 「私、帰りたいなんて、思ったことないですよ?」
 「あ?だって、お前・・・。卒業アルバム・・・開きっぱなしで・・・。後、手紙も・・・」
 「私の部屋、入ったんですか!!違います、あれは!!」
そう言って顔を上げたときには、珠紀はもう泣いてはいなかった。
俺と目が合った途端、顔を赤くして目を逸らす。今度は何だよ!!
 
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