「悩みごと」(4)

気持ちを整理することも、この先のことを考えることもできず、
ベッドの上に寝転がって天上を眺めていた。
目を瞑ってしまうと、珠紀の笑顔が浮かんできて、絶えられそうにない。
暫くボーっとしていると、遠くで電話が鳴っている音に気が付いた。
誰かが出るか、その内切れるだろうと放っておいたが、一向に音が止む気配がない。
そういや、誰もいなかったんだっけな。
重い身体を引きずって、階下にある電話まで辿り着く。それでも、呼び出し音は鳴り止まない。
 「真弘先輩!!いったい、美鶴ちゃんに何を言ったんですか?」
仕方なく取った受話器に耳を当てると、電話の向こうから興奮した珠紀の声が聞こえてくる。
 「あんなに取り乱している美鶴ちゃんなんて、見たことないです。
 何だかよく判らないことを繰り返し言い続けてて。私の悩みを真弘先輩から聞いたとか。
 いったい、私の悩みって何なんですか?」
珠紀自身も相当な慌てぶりで、俺に口を挟ませない勢いで捲くし立てている。
美鶴のやつ、随分と暴れているようだ。何となく想像が付いて、小さく溜め息を吐く。
美鶴にとっては、これで二度目だからな。気を許した人間が、自分の許を去っていくのは。
子供の頃、慎司がこの村を離れたと知らされたとき、美鶴はずっと泣き続けていた。
残された俺たちも、なんとか笑わせようと頑張ってみたけれど、何をやってもダメだった。
それから暫くして、泣き止んだ美鶴は、心を閉ざした能面みたいな顔をして、
時折、人形のような無機質な笑顔を俺たちに向けた。
そんな美鶴も、珠紀が来てからは、少しずつ表情が豊かになっていた。
鬼斬丸が破壊され、封印を護ることも、玉依の掟に従うこともなくなり、
心から楽しむことを思い出したんだろう。それだけ、珠紀に心を許してたってことだよな。
 「申し訳ないんですけど、一度こちらへ来てもらえませんか?
 美鶴ちゃんのあの様子だと、私が外へ出るのは難しそうですし・・・。
 お待ちしていますから、急いでくださいね」
それだけ言うと、珠紀は電話は切ってしまった。ツーツーという音が、やけに耳に響く。
 「んだよ。言いたいことだけ、言いやがって・・・」
ブツブツと文句を言ってはみたが、俺はそのまま家を飛び出すことにした。
今度こそ、珠紀の口から聞いてやる。受け止める覚悟くらい、してやるよ。
宇賀谷家に着くと、予想外に静かなことが、俺には不思議だった。
さっきの珠紀の慌てぶりから、取り乱した美鶴が相当暴れていると、覚悟していたのに。
まっすぐ居間へ入っていくと、疲れた表情の珠紀が、テーブルの前で顔を上げる。
 「美鶴は?」
キョロキョロと居間の中を見回してみたが、珠紀以外、誰も居ない。
 「部屋で休んでます。お祖母ちゃんが来て、取り成してくれたお蔭で、
 納得してくたみたいです。やっと落ち着いてくれました」
 「・・・そっか」
ババ様のツルの一声ってやつか。それなら、美鶴も認めないわけにはいかねーよな。
軽く息を吐き出すと、俺は、珠紀の前に座る。今度は俺が認めないといけない番だ。
 「珠紀・・・あのな。って、何でお前が先に泣くんだよ!!普通、逆だろ?」
覚悟を決めて声を掛けた俺は、目の前でポロポロと涙を零している珠紀に、驚いて声を上げる。
 「・・・どうして、真弘先輩が・・・泣くんですか?」
 「どうして・・・って。好きな女に振られたら、泣くだろ、普通。・・・男だってよ」
んなこと、言わせんな。そう付け加えて、俺はソッポを向く。
だけど、振られた女の前で泣き崩れるような、みっともない真似だけは、死んだってごめんだぞ。
だから、今は泣いてなんて、やらねーからな。
 
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