「悩みごと」(2)

美鶴に頼まれてから、それとなく珠紀を見ていると、確かに少し様子がおかしいことに気が付いた。
何か言いたそうな素振りを見せるくせに、俺と目が合った途端、わざとらしく他の連中と会話を始めたりする。
業を煮やして問い質してみれば、
 『真弘先輩こそ、何か言いたそうですよ。どうかしたんですか?』
と返されて、お互い笑って誤魔化す結果になっちまった。
 「ったく。俺は、こういうまどろっこしーこと、苦手なんだよ」
正面突破。これこそが、俺様のやり方だ。
真正面からぶつかって、今日こそ、珠紀の悩みを聞き出してやる。
そう決意を固めて、宇賀谷家へやってきた俺は、途端に拍子抜けする。
どうやら、珠紀も美鶴も留守らしい。
玄関や廊下で名前を呼んだり、居間や台所を探し回ってもみたが、二人の姿は何処にも見当たらない。
 「珠紀、居るのか?入るぞ」
最後にやってきた珠紀の部屋の前。声を掛けてから襖を開けると、やはり部屋の中は無人のまま。
居ないんじゃ、仕方ねーよな。
諦めて部屋を出ようとしたとき、奥にあった文机の上に目が留まる。
近付いて覗き込むと、広げられたままの卒業アルバム。
開いていたページは、クラスの集合写真ではなく、運動会や修学旅行を収めたスナップ写真。
見慣れない制服を着た少し幼い珠紀が、こちらを向いて笑っていた。
珠紀の周りを制服姿の男女が取り囲み、楽しそうにふざけあっている。
 「あぁ、そういうことかよ」
パラパラと卒業アルバムを捲っていると、一通の封筒が零れ落ちた。間に挟まっていたらしい。
拾い上げて差出人を見ると、都会の住所と女性名前。友人からの手紙、ってやつだ。
 「言いたくても、言えるわけねーよな」
卒業アルバム。友人からの手紙。
それらを見た俺は、珠紀が何を悩んでいたのか、その理由に思い当る。
理不尽な憤りが込み上げてきて、俺は慌てて珠紀の部屋を逃げ出した。
 「何でだよ、くそっ」
浮かび上がった自分の考えを、何処かへやってしまいたくて、思い切り頭を振る。
言葉を吐き出せば、すべてが消えてなくなるとでも言うように、声を上げる。
ただ、口から漏れるのは、意味を持たない言葉だけ。
 「真弘先輩、来てたんですか?」
何処をどう走ってきたのか、いつの間にか宇賀谷家を飛び出し、神社の方まで来ていたらしい。
拝殿の中を掃除をしていた珠紀が、雑巾を片手に、俺を呼び止める。
 「調度良かった。実は、真弘先輩に話があったんです。少し、良いですか?」
そう言って、拝殿から下りて、俺の傍まで走ってくる。
珠紀の話。さっき、珠紀の部屋で見た光景と、そのときに思い当たった俺の考えが、再び脳裏に甦る。
珠紀の口から真実を聞かされるのは、正直まだ絶えられそうにない。
珠紀のために、どうすれば良いのか。そんなこと、判りきっている。だけど、俺は・・・。
 「もう・・・良い。判ってるから。お前の、好きにすれば良い。俺には・・・止める権利なんてない」
自分の心を押し殺して、搾り出すように告げる。珠紀のためだ。珠紀が望むなら、仕方がない。
心の中で呪文のようにそう唱えならが、自分の気持ちに嘘を吐く。
 「えっ、本当に良いんですか?でも、まだ何も言ってないのに・・・」
俺の感情の変化に気付かないのか、珠紀は驚きの声を上げ、一瞬嬉しそうな表情を浮かべる。
その顔を見た途端、押さえ込んでいた心の中に、再び負の感情が湧き上がる。
墨で塗り潰したような、真っ黒な闇が心を覆う。
 「悪い。俺、用事があるから、今日は帰る」
理不尽な憤りを持て余し、俺は珠紀の前から逃げ出すことに決めた。
珠紀が悪いわけじゃない。これは、俺の我侭だ。
 
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