「悩みごと」(1)
学校からの帰り道、家の前までやって来たところで、珍しいやつに声を掛けられた。
「鴉取さん、お話したいことがあります。少しだけ、お時間をいただけませんか?」
真剣な表情で立っていたのは、買い物帰りと思しき荷物を抱えた美鶴。
家に招きいれようとしたが、『今日は誰もいない』と言った途端、村に唯一ある喫茶店へと、
あっさり誘導された。俺ってどんなイメージなんだよ!!
「んで、話ってなんだ?どうせ、珠紀のことなんだろ」
席に座って、オーダーを済ませると、俺は美鶴に話を促した。
美鶴がわざわざ俺に逢いに来たのだから、話の内容は珠紀のことだろうと想像が付く。
「最近、珠紀様のご様子がおかしいのです。
何か悩み事がおありのようで、塞ぎこまれていることも多くて」
「えー、そうかぁ?俺、さっきまで一緒にいたけど、いつもと変んなかったぞ。
バカみたいに、大口開けて笑ってた・・・いてっ!!」
参道へ続く階段の手前で別れたばかりの、珠紀の顔を思い出す。
楽しそうにしていたことを伝えようとしたら、美鶴がテーブルの上に置いてあったおしぼりを、
無言で俺に投げ付けた。
「何しやがる!!・・・いや、何でもねー。で、だから、どうしたって?」
文句を言ってやろうとしたが、冷ややかな視線を向けられて、そのまま言葉を濁してしまった。
「鴉取さんなら、何かご存知ではないかと思ったのですが、違ったようですね。
てっきり、鴉取さんが悪さをして、珠紀様の心を傷付けられたとか、
それに近いような、何かがあったのだと・・・。本当に、お心当たりはないのですか?」
「するかよ、んなこと。だいたい、最近はそんな、泣かせてねーぞ」
「・・・最近は?そんな?」
「だーかーら、んな、言葉尻捕らえんなって。知らねーよ。美鶴の勘違いじゃねーのか?」
「勘違いなんかじゃありません!!」
美鶴の話によると、同窓会へ出席するために村を離れていた珠紀が、先週末に戻ってきてから、
どうも様子がおかしくなったらしい。
「何か考え事をされていたかと思うと、大きな溜め息を吐いたりなさるんです。
私が声をお掛けしても、心ここにあらずなご様子で・・・。ご実家で、何かあったのでしょうか?」
「まぁ、何かあったら、俺達には言うだろ。あんま、気にしなくて良いんじゃねーか?」
「鴉取さんは、心配じゃないんですか!!」
「んなこと、言ったってなー。本人が言わないんじゃ、仕方ねーだろ」
「だから、私が鴉取さんのところに来たんじゃありませんか。
それとなく、珠紀様から聞き出していただけませんか?何をお悩みなっているのか」
やる気のない俺の声とは対照的に、テーブルに前のめりに詰め寄っていた美鶴は、
それだけ言うと、スッと姿勢を元に戻す。更に、冷たい声で、こう続けた。
「本当は、こういう役には、大蛇さんや狐邑さんの方が適任なんですよ。
でも、あの方達に先に相談したことが鴉取さんに知れて、珠紀様の周りで大騒ぎなどされたら、
それこそ口を閉ざしてしまいそうです。
”不本意”ではありますけれど、”仕方がない”ので、先に鴉取さんにお願いすることにしました。
どうぞ、期待を裏切らないでくださいませね」
美鶴は、『不本意』や『仕方がない』という言葉を、やけにはっきりと強調しながら口にする。
俺はまだやるなんて一言も言ってないのに、どうやら異議を唱えさせるつもりはないらしい。
「それでは、吉報をお待ちしております」
自分の言いたいことだけを吐き出した美鶴は、俺を残したまま、喫茶店を出て行った。
「だー、くそっ。んで俺が、そんな面倒くさいこと、やんなきゃなんねーんだよ!!」
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