「独り立ち」(4)

屋上の出入り口へ向かっているはずの真弘先輩の足音が、途中で途切れた。
不思議に思って、ギュッと瞑っていた目を、ゆっくりと開ける。
 「真弘・・・先輩?」
何だか、不思議だった。
泣いてばかりいる私に呆れて、傍を離れてしまったと思っていたのに・・・。
その真弘先輩が、目の前に立っている。
悲しそうな瞳をしていた真弘先輩は、私と目を合せた途端、ホッとしたように表情を緩めた。
そして、そのまま手を伸ばすと、私の身体を強く抱きしめる。
 「お前がそんな弱いままじゃ、俺は安心して、お前を置いていけないだろう」
私の耳元で、そう呟くように言う。まるで、搾り出すような声で・・・。
 「真弘先輩。やっぱり、何処かへ行っちゃうんですか?」
鬼斬丸がなくなった今なら、もう守護者として玉依姫を護る必要はない。
私の傍を離れて、自由に何処へだって行ける。
 「仕方ねーだろ。俺は今日で、卒業しちまうんだからよ。
 お前を一人、この学校に残しておくのは、すっげー心配だけどな」
 「・・・どういう、意味ですか?」
 「んなの、決まってんだろーが。
 お前、自分がヤロー共に人気あるって、ぜんっぜん気付いてないだろ」
『全然』という言葉を、強調するように言うと、大仰に溜め息を吐く。
 「人気・・・って、私が?」
何を言ってるの?そんなこと、あり得ないよ。だって私、モテたことなんて、一度もないもの。
思い切り首を振って、真弘先輩の言葉を否定する。
 「少しは自覚して欲しいもんだよな。今までは、お前に近付くヤロー共は、
 俺が傍で蹴散らしてやってたけど、これからはお前一人になっちまうんだからよ。
 残った拓磨や慎司にでも頼みてーところだが、あいつらも何だかんだ言って、
 下心アリアリだしな。お前がしっかりしてくれなきゃ、安心して置いていけねーよ」
 「真弘先輩が・・・私の傍から・・・いなくなっちゃう・・・ってことじゃ、ないんですよね?」
真弘先輩が、何を心配しているのか、いまいち判らなかったけれど・・・。
でも、『置いていけない』という言葉の意味は、きちんと確かめておきたい。
 「いちいち、んな心配してんじゃねーよ。そうやって何かあるたびに不安がって、
 簡単に身を引くとか、くだらねーことばっか考えんな。
 俺から逃げられると思ったら、大間違いなんだからよ」
 「・・・だって、女の子から告白されてた。手紙だってたくさん貰ってたし・・・。
 早く言って欲しかった、って言ったの、真弘先輩ですよ」
真弘先輩の言葉を思い出して、また涙が溢れ出してしまう。
泣き顔を見られたくなくて、真弘先輩の肩に埋めるように、顔を隠す。
 「んなの、ただの洒落だろ。だいたい、あんなもん、みんな断っちまったよ。
 手渡された手紙も、その場で返しちまったしな。
 そこにあんのは、俺の鞄に勝手に入れてったやつで、返す相手が判らなかったから、
 仕方なくなんだよ。少しは俺を信じろ」
慰めるかのように、ポンポンっと軽く頭を叩く。そしてそのまま、優しく髪を撫で始める。
 「俺が聞きたいのは、お前の言葉だけ・・・なんだからな」
 「私のこと、嫌いになったり、しないですか?
 私から離れて、何処にも行ったりしないって、約束してくれますか?」
 「何処にも行ったりしねーよ。それに、俺がお前を嫌うこともねーから、もっと自信持てって」
そう言って、真弘先輩は私の望みを受け入れてくれる。
その言葉とずっと抱きしめていてくれる腕に勇気を貰って、漸く顔を上げることができた。
 「約束・・・ですからね」
それから、そっと真弘先輩の唇に、自分のそれを重ねる。
軽く触れるだけだったけれど、自分からキスをしたのは、初めてだった。
 「・・・言葉よりは、こっちの方が嬉しいけどな。それに、お前からってのも、悪くない。
 ただ、やっぱり男なら、自分から行く方が格好良いだろう」
そう言いながら、真弘先輩が顔を近付ける。
好きだからな。微かに耳に届いた言葉が、心の奥に沈んでいく。
そして、まるで永遠に続くと思われるくらいの、長い、長い口付けを交わす。
 
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