「独り立ち」(5)

永遠に感じられた時間にも、やがて終わりが訪れる。
何度も何度も、お互いの体温を感じるように重ねた唇が、漸く離されるときがきた。
 「真弘先輩、真弘先輩・・・。好きです、大好きです」
離された唇から漏れる言葉は、ずっと伝えたかった言葉。
真弘先輩の腕の中で、再び溢れ出した涙を拭いながら、
私は繰り返し、真弘先輩の名前を呼ぶ。
 「あぁ、判った。判ったから、もう泣くなって・・・」
そう言いながら、私の背中を優しく撫でてくれる。
それから涙が止まるまで、真弘先輩はずっと、そうしていてくれた。
 「ごめんなさい。泣くつもりなんて、なかったのに・・・」
漸く落ち着いた頃、私は謝罪の言葉を口にする。
今日は真弘先輩の卒業式。笑って送り出そうって、ずっと決めていたのに。
 「ったく、あんなことくらいで、いちいち動揺してんじゃねーよ。
 俺様の女としては、ちょっと情けなさ過ぎだな。
 お前は、俺を信じて着いて来れば、それで良いんだからよ」
私を腕から解放すると、真弘先輩は照れ隠しのように、そっけなく言い放つ。
 「それから!!俺が卒業した後は、他のヤローが近付いてきても、
 相手なんかすんじゃねーぞ。一人でもしっかりやれる、ってとこ、ちゃんと見せろよな」
真弘先輩は、念を押すようにそう言った後、
 「・・・その代わり、俺が一緒のときは、好きなだけ甘えさせてやるから」
更に小さな声で、呟くように付け加えた。
 「・・・はい。頑張ります」
真弘先輩が心配するようなことは、この先も多分、訪れるとは思えないけれど・・・。
でも、一人でもちゃんとやれるんだってところは、見ていて欲しい。
真弘先輩の隣に相応しい、素敵な女性になるためにも、私、頑張ります。
二人で顔を赤くしながら照れていると、屋上の出入り口の陰から、人の囁き声が聞こえてくる。
 「・・・俺たち、いったいいつまで、ここで見てれば良いんすかね」
 「拓磨先輩、声を出したら、バレちゃいますよ」
 「平気だ、慎司。祐一先輩の幻影のお蔭で、あっちからはどうせ、見えてないんだから」
何処か疲れたような声で会話を交わす二人とは対象的に、
一番後ろでぼーっと立っていた人物が、のんびりとした口調でこう告げる。
 「・・・悪いな、拓磨、慎司。濃厚なキスシーンを見せられたせいで、力を使うのを忘れていた」
 「ってことは・・・」
 「俺達、バレバレってことっすか?」
今度は、しっかりと私たちの所まで、話し声が聞こえてくる。
その声を耳にした途端、握り拳を震わせながら、真弘先輩が大声を出した。
 「お前ら〜!!いつから、見てやがった!!」
 「キスシーンって・・・。まさか、さっきの全部?嫌だ、もう」
見られていたということが恥ずかしくて、私は熱を帯びて赤くなった顔を、手で覆った。
そんな私を、まるで護るかのように、真弘先輩が自分の背中で隠す。
バレてしまったことで安心したのか、隠れていた三人も、扉の陰から姿を現した。
 「真弘先輩。珠紀のことだったら、俺達に安心して任せて良いっすよ」
 「そうそう。僕たち、珠紀先輩に下心なんて、全然ないですから。
 まぁ、先のことは判りませんけど」
まるで悪戯を思いついた子供みたいに楽しそうな笑顔を浮かべて、二人が真弘先輩を揶揄う。
さっきまでの会話。しっかり聞かれていたんだ。
 「そうだな、真弘。珠紀の天然振りは、折り紙つきだ。
 後輩二人に、しっかり監視役を頼んでおかないと、珠紀の周りに群がる男が増えると思うぞ」
 「うるせーな、祐一。珠紀だったら、大丈夫なんだよ。もう充分、強くなってんだからな」
真弘先輩は、そう言って胸を張る。
今の私は、全然強くなんて、ないと思う。
けれど、真弘先輩がそう願うなら、私はそれに、しっかり答えよう。
強くなってみせる。一人でも、ちゃんと立っていられるように。
この先もずっと、真弘先輩の隣にいられるように。
そう心に誓うと、私は顔を上げて、真弘先輩の背中から抜け出した。
いつまでも護られてばかりでは、真弘先輩には追いつけないから・・・。
 「真弘先輩、安心してください。私一人でも、ちゃんとやれますから、見ていてくださいね。
 誰かに手伝ってもらわなくても、来年は絶対に、卒業してみせますから」
 「だから、そういう意味じゃねーっての!!」
それから暫くの間、屋上には真弘先輩の怒鳴り声と、三人分の笑い声が響いていた。

完(2010.07.25)  
 
 ☆ このお話は、茜 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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