「独り立ち」(3)

卒業式も無事に終了し、三年生は教室で最後のホームルームを受ければ、三年間の高校生活を終える。
私たち二年生は、体育館の後片付けをしなければいけなくて、少しだけ遅くなってしまった。
初めて逢ったあの場所で、高校生活最後の時間を過ごそう。
そう言って待ち合わせした屋上へと続く階段を、私は全速力で駆け上る。
息を切らせながら漸く辿り着いた扉の前で、暫く呼吸を整えていると、勢いよく扉が開かれた。
慌てて横へ避けなければ、入ってきた女子生徒と身体ごとぶつかっていたところ。
それくらいの勢いで飛び込んできた女子生徒は、暗がりに隠れるように避けた私には
まるで気付いた様子もなく、そのまま階段を駆け下りていってしまった。
 「・・・あの子、泣いてた?」
嫌な予感が、した。
屋上には、真弘先輩がいる。そして、さっきまで、あの女子生徒がいた。
二人きりで、何をしていたのだろう?
泣きながら駆け出さなければいけないような、何かをしていた・・・ってことだよね?
色んな可能性が頭の中を駆け巡り、不安に押し潰されそうになったけれど、
ここで逃げるわけにはいかない。勇気を振り絞って、屋上に通じる扉を開くことにした。
 「おっせーぞ。片付け終ってんなら、さっさと来いよな」
屋上には、真弘先輩がいた。他には・・・、やっぱり誰も居ない。
フェンスの向こう側を眺めていた真弘先輩は、扉を開く音に気付いたように、こちらを振り向いた。
 「真弘先輩、今の人、誰で・・・っ!!」
誰ですか?そう尋ねようとしたとき、テーブルの上に投げ出された鞄から覗いている、
何通かの封筒が目に留まる。女の子が好みそうな色や柄の封筒。
 「あっ、それは、違うんだ!!気付いたら、鞄に入ってたって言うか・・・。
 いやぁ、俺様の人気も、まんざらでもなかった、ってことだよな。
 ったく、早く言ってくれりゃ良いのによぉ」
私の視線に気付いたように、真弘先輩はそう言い訳すると、頭を掻く。
その言葉を聞いた途端、押さえていた気持ちが爆発した。
今日は泣かないと決めていたのに、後から後から涙が溢れていく。
 「早く言ったら、どうだって言うんですか!!」
 「珠紀?お前・・・何、泣いてんだ?」
行き成り怒鳴り返した私に、真弘先輩は驚いたように目を丸くする。
真弘先輩が、自分に人気があることを、知らないわけがない。
これまではそれを、受け入れることができなかっただけ。
封印の贄となる運命を背負った真弘先輩は、誰かの心の中に自分を残したまま、
この世から消えてしまうことを、絶対に許したりはしなかっただろうから。
一線を引いて、自分の一番近い部分には、決して踏み入れさせないように・・・。
そうやって、ずっと生きてきたのだろう。
だけど、今は違う。元凶だった鬼斬丸は、もう何処にも存在しない。
真弘先輩を縛り付けているものは、もう何もないのだから・・・。。
 「これからは、自由に恋愛だって、できるんですよね。
 真弘先輩を思ってる女の子は、たくさんいるんだから・・・。私なんか選ばなくたって・・・」
 「いい加減にしろよ!!」
涙声で訴える私の声を遮るように、真弘先輩が怒りの含んだ声を上げる。
ビクッ。私はその声に、身体を振るわせた。反射的に、ギュッと目を瞑ってしまう。
・・・嫌われた。今度こそ、本当に。
瞑ったままの真っ暗な目の前に、聞こえてくるのは真弘先輩の小さな溜め息と、軽い足音。
きっとそのまま、屋上を出て行くのだろう。多分、目を開けても、もう真弘先輩はいない。
私の傍から、いなくなっちゃった。
でも、泣き言ばかりの私なんて、呆れられても仕方がないよね。
 
BACK  ◆  NEXT