「独り立ち」(2)

 「ったく、何怒ってんだよ」
 「怒ってなんていません!!」
 「その言い方、完全に怒ってんじゃねーかよ」
さっきから、これの繰り返し。
真弘先輩の周りにいた女の子たちが他へ移動したのは、あれから15分くらい後のこと。
呆然と立ち尽くしている私に、女の子たちは次々とカメラを渡して、こう言ったのだ。
 『シャッター、押してもらえますか?』
 「あっ、私も』
 『春日先輩、お願いしまーす』
守護者のみんなが、格好良くて、人気があるのは知っていたけれど・・・。
 「だからって、どうして私に頼むの!!」
真弘先輩は、私の彼氏なのに!!
その彼女に、彼氏とのツーショット写真を頼むなんて、信じられない。
 「んだよ、写真くらい。お前とだって、前に一緒に撮ったこと、あんじゃねーかよ」
 「・・・真弘先輩にとっては、”くらい”なんだ。
 それなら、私も誰かに頼まれたときには、写真撮ってもらおうかな」
真弘先輩の言い分に、少し腹が立った。
私が『一緒に撮って欲しい』とお願いしたときも、そんな軽い気持ちだったのかと・・・。
だから、私は自棄気味に、思ってもいないことを口にする。
 「何言ってんだ、お前。それとこれとは、全然違うじゃんかよ。
 ヤローの欲求になんか、簡単に答えてんじゃねーぞ。
 お前は頼まれても、絶対に撮らせるな!!」
 「何処が違うんですか?真弘先輩は、普通に撮らせてたのに・・・」
 「あんなの、卒業アルバムみたいなもんだろ。明日になったら、きっと忘れてるぞ」
真弘先輩は呆れたように、溜め息交じりでそう言った。
そんなこと・・・ないと思う。
確かに、他に人気のある先輩が登校してきた途端、みんなそちらへ移動しちゃったけれど。
中には、本気で真弘先輩のことを思っている女の子だって、いるはずだよ。
撮った写真を、部屋に飾ったり、生徒手帳に挟んだりして、
これからも真弘先輩のことを思い続けるんだ。私みたいに・・・。
真弘先輩と一緒に写っている写真を挟んだ生徒手帳が、脳裏に浮かぶ。
ずっと大切にしている、私の宝物。
 「珠紀、悪いがその辺りで勘弁してやってくれないか。そろそろ、卒業式が始まる」
人がいなくなった昇降口。私たちは、そこでずっと、言い争いをしていた。
ホームルームの時間になっても教室に現れない真弘先輩を心配して、
祐一先輩はここまで迎えに来たらしい。
 「それから、真弘も。珠紀が怒るのも無理はないと、俺は思う。
 後で、しっかり謝っておくんだな」
校門での光景を見ていた祐一先輩が、私の味方をしてくれる。
 「んで、俺なんだよ。頼まれちまったもんは、仕方ねーだろ。
 だけど、喜んで撮ったものなんて、一枚もねーぞ」
真弘先輩は、不機嫌そうな声でそう言った。
喜んで撮ったものなんてない。その言葉を聞いて、思い出した。
ファインダー越しに見ていた、真弘先輩の顔。
心から笑っては、いなかったと思う。いつもの、満面の笑顔では、なかった気がする。
何処か困ったように微笑んでいるのを、私はずっと、照れ隠しなのだとばかり思っていた。
卒業アルバムみたいなもの。
その言葉は、写真を手にした女の子たちの気持ちなんかではなく、
頼まれて仕方なくそうしていたんだという、真弘先輩の本心だったのかも知れない。
それからもう一度、生徒手帳の中に挟んである写真を、頭に浮かべてみる。
私の隣で、嬉しそうに笑っている真弘先輩の顔を・・・。
 
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