「独り立ち」(1)

新しい世界への旅立ちを祝福しているような、青とピンクのコントラスト。
何処までも広がる青い空と満開の桜の花。
通学路にあるこの風景を、二人で見られるのも今日が最後なんだと思うと、涙が出そうになる。
でも、今日は絶対に泣かないって決めていた。
真弘先輩の旅立ちだもん。笑顔で見送ろうって・・・。
 「とうとう俺も卒業かー。まさかできるとは、自分でも思ってなかったもんなー」
隣を歩く真弘先輩も、感慨深げにそう呟く。
 「成績がギリギリだったって、祐一先輩も言ってましたもんね」
 「あ?んな意味で言ったんじゃねーっつーの。ったく、二人で何話してんだよ。
 まさか、俺の悪口ばっか、言ってんじゃねーだろうな」
泣きそうになる気持ちを誤魔化すため、冗談めかして口にした言葉に、
真弘先輩がムッとした顔で言い返す。
真弘先輩に課せられていた運命(さだめ)。
薄れていく鬼斬丸の封印を、再び強固なものにするために、その命を捧げること。
あの戦いでロゴスが封印を解放していなくても、贄の儀は去年の内に執り行われていただろう。
それくらい封印の効力はなくなっていたと、後になってお祖母ちゃんから聞かされた。
卒業式のこの日を迎えられないことを、真弘先輩はずっと覚悟していたのかも知れない。
そんな考えが頭を過ぎり、更に淋しい気持ちを膨れあがらせてしまう。
 「何だ、あれ?」
沈みそうになる気持ちを押し隠しながら、他愛もない会話を続けていると、
急に真弘先輩が声を上げる。
視線の先を追うと、校門の前に生徒達が集まっていた。
卒業生の周りを在校生が囲み、『おめでとうございます』と口々に言っては、
握手をしたり写真を撮ったりしている。
本当に、今日は卒業式なんだ。そう実感してしまう光景が、そこには広がっていた。
 「あっ、鴉取先輩が来た!!」
一人の女子生徒が、私たちの登校に気が付いて声を上げる。
それが合図だったように、周囲にいた女の子達が、一斉にこちらへ向かって駆け出した。
 「うわっ!!何だ、何だ」
あっという間に、真弘先輩の周りに女の子の輪ができあがる。
そして私は、その輪の外側に弾き飛ばされてしまった。
 「どういうことよ、これ!!」
キャーキャーという女子生徒の声で、私のこの叫びは誰の耳にも届いていそうにない。
もちろん、真弘先輩の耳にだって・・・。
 「真弘先輩!!真弘先輩ってば!!」
 「鴉取先輩、卒業おめでとうございます。最後の記念に、握手してください」
 「一緒に写真、お願いします」
口々に言葉を掛ける女子生徒の声に混ざって、真弘先輩を呼ぶ私の声は完全に掻き消されていた。
真弘先輩の傍にも行けず、輪の外側で途方に暮れていると、
祐一先輩が登校してくる姿が目に留まった。
祐一先輩が来たってことは、ここにいる女の子達も、みんな祐一先輩のところへ行っちゃうよね。
そう思って安心した途端、祐一先輩の姿が、目の前から消えた。
校門の前に群がっている女子生徒たちを見て、その後に訪れる状況を、正確に予想したのだろう。
その結果、幻影を使って通り過ぎることに決めたらしい。
 「もぉ!!だったらついでに、真弘先輩も連れて行ってくださいよ!!」
その虚しい叫び声も、誰の耳にも届くことはなかった。
 
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