「独占禁止」(2)

慎司くんに手を引かれるがまま、特に言葉を交わすこともなく、家の近くまで戻ってくる。
玄関が見えるところまでやってくると、漸く立ち止まって、私の手を離してくれた。
 「我侭を言って、ごめんなさい」
先に、慎司くんが沈黙を破る。
 「本当は僕だって、真弘先輩にあんなこと、言うつもりはなかったんです。
 ただ、二人で楽しそうにしているのを見たら、何だか悔しくなっちゃって・・・。
 珠紀先輩を困らせるつもりも、本当になかったんですよ」
ごめんなさい。そう言って繰り返し謝罪の言葉を口にすると、慎司くんは頭を下げた。
そして、少し淋しそうに微笑みながら、更に続ける。
 「でも・・・。これだけは、忘れないでもらえますか。
 玉依姫の傍には、他にも守護者がいるんだってこと。
 珠紀先輩には、僕たちのこと、忘れてほしくないんです」
 「忘れたことなんて、一度もないよ。みんなは、本当に大切な人たちなんだから・・・」
玉依姫と守護者。護る者と護られる者。初めて逢ったときに、そう説明を受けた。
でも、私にとってみんなとの関係は、既にそんな存在ではなくなっている。
家族のように大切に思う人たちを、この先どんなことがあっても、忘れることなんてあり得ない。
だけど・・・。
 「私、みんなのことは、大好きだよ。これからも、ずっと一緒にいたいとも思う。
 だけど・・・。真弘先輩に対するこの想いは、やっぱりみんなとは、何処か違う。
 同じように思うことなんて、私にはできないよ。
 だって、真弘先輩は私にとって、特別な存在なんだもの」
もし、この先も玉依姫として生き続けるのならば、真弘先輩の傍を離れろと言われたら・・・。
私はすぐにでも、玉依姫としての身分を手放すだろう。
たとえ、みんなから罵られ、許しを得られなかったとしても。
 「みんなには、本当に悪いと思ってる。
 玉依姫として、守護者のみんなを平等に扱わないといけないってこと、充分に判ってるつもり。
 だけど・・・。ごめんなさい。やっぱり、ダメ。真弘先輩を諦めるなんてこと、私にはできない。
 私が・・・。私自身が、真弘先輩の傍にいたいの」
どうしても、慎司くんには理解してもらいたかった。ううん、慎司くんだけじゃない。
真弘先輩へのこの想いを、私たちを知るすべての人に、認めてもらいたい。
 「もう・・・良いですよ。それ以上は、もう言わないでください。・・・ちゃんと、判ってますから。
 それに、さすがに珠紀先輩の口からダメ押しされると、本当に諦めないといけなくなりそうですし」
この想いを伝えるために、更に言葉を紡ごうとした私を、苦笑交じりの溜め息を吐きながら、
慎司くんが止める。そして、何処か拍子抜けした声で、こう続けた。
 「あーあ、失敗しちゃった。だから僕じゃムリだ、って言ったのになぁ」
 「し、慎司くん?行き成り、どうしちゃったの?失敗、って何が?」
急に雰囲気の変った慎司くんに、呆気にとられながらも、何とか聞き返す。
 「実は、先輩たちの計画だったんです。『真弘先輩に俺たちの気持ちを味合わせてやろう計画』。
 念のため言っておきますけど、命名は拓磨先輩ですからね、一応」
『真弘先輩に俺たちの気持ちを味合わせてやろう計画』。何、それ?
クスクスと笑う慎司くんは、観念したように、真相を語り始めた。
 「いつも目の前で、珠紀先輩を独り占めにしている真弘先輩に、日頃僕たちがどんな思いをしているのか。
 たまには同じ気持ちを味わってもらおう、っていう計画です。
 真弘先輩から珠紀先輩を引き離して、遠くから見せ付けてやろう、って・・・。
 本当はこの計画に、珠紀先輩の協力をお願いするつもりだったんです。
 だけど、話を持ち掛ける前に出掛けられちゃったから、慌てて追いかけてきたんですよ、僕」
 「そ・・・そうだったんだ。ごめんなさい」
料理を作っているとき、何度か美鶴ちゃんと目配せをしているのは、判っていたんだけど・・・。
まさかそんな計画が持ち上がってるとは思っていなかったから、
私に聞かれたくない話でもあるのかと、気を利かせたつもりで、早めに家を出た。
 「こんなときにまで、二人のラブラブ振りを見せ付けられるとは、正直思っていなかったんです。
 つい、計画遂行よりも、自分の気持ちの方を優先させちゃいました」
 「ラブラブ振りだなんて、そんな・・・。あれは、二人しかいないと思ってたからだよ。
 みんなと一緒のときは、もっと普通に・・・してる・・・よね?」
そんな風に見られていたと思うと、少し自信がなくなってきた。恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
 「充分、見せ付けられてました。じゃなきゃ、先輩たちだって、こんな計画、立てたりしませんよ。
 でも、その計画も、僕のせいで失敗ですよね。あーあ、拓磨先輩たちに、何て言い訳しよう。
 それに、真弘先輩も僕のこと、怒ってるんだろうなぁ」
慎司くんは、不安そうな顔で溜め息を吐く。
 「珠紀先輩、お願いします。真弘先輩のところへ戻ってあげてください。
 絶対拗ねてると思うんですよね。だから、お花見が始まるまでに、少し宥めておいてくれませんか?」
 「やっぱり、拗ねてる・・・かな?なんだか私も、そんな気がしてきちゃった。
 ちょっと、真弘先輩のところへ戻ってみるね。残りの準備、お願いしても良い?」
慎司くんにはそう答えてみたけれど、本当はさっき見た、悲しそうな顔をした真弘先輩の姿を思い出して、
不安になっていた。すぐにでも真弘先輩の傍に戻りたい。
 「もちろんです。任せておいてください」
慎司くんが頼もしく頷いてくれたことに安心すると、私は急いで神社の方へと駆け出した。
 「あーあ、本当に失敗しちゃったな。まさか、珠紀先輩から留めを刺されるなんて・・・ね」
慎司くんの独り言は、その場を去った私の耳には、届いていなかった。
 
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