「独占禁止」(1)

ついこの間まで、日陰にはまだ、僅かに雪の跡が残っていた筈なのに・・・。
今はもう、そんな冬の影は、何処を探しても見付からない。
いつの間にか季節は巡り、ここ季封村にも、遅い春が訪れていた。
 「うわぁ、桜の花が満開。今日はお天気も良いし、絶好のお花見日和になったよね。
 それはそうと、真弘先輩、何処に居るんだろう?ちゃんと場所取り、してくれてるかなぁ?」
参道の一画に連なる桜並木。
その場所で、守護者のみんなや美鶴ちゃんと、お花見をすることになった。
料理担当は、慎司くんと美鶴ちゃん、そして私の三人。
祐一先輩と拓磨は、買い物係。ジュースやお菓子なんかを、買いに行ってくれている。
用事があって後から参加することになっている卓さんは、
 『遅れるお詫びに、美味しいお茶をお持ちしましょう』
と約束してくれた。
そして、残る真弘先輩は、と言うと・・・。
 「真弘先輩。こんなところで寝てると、風邪引きますよ?」
桜の木の下に広げているシートの真ん中で、雑誌を顔に乗せたまま、午睡を貪っていた。
 「だー!!もう、飽きた!!いつまでも、待たせてんじゃねー!!」
真弘先輩は、雑誌を跳ね除けて起き上がると、声高にそう叫ぶ。
 「真弘先輩が、自分で言ったんじゃないですか。場所取りは任せろ、って」
買い物係を誰が担当するか、という話になったとき、
 『俺様には、会場の下見という、立派な職務がある。
 絶景の桜が見渡せる、最っ高のポジションを探しておいてやるから、安心してろ。
 そして、力仕事には拓磨が適任だ。買い物係は拓磨を任命してやろう。
 ついでに、祐一もつけてやる。こいつの顔で、しっかりまけてもらえ』
と、うんざり顔した拓磨の肩を叩きながら、真弘先輩は豪語していた。
 「だから、ちゃんとやってんだろ。で、他の連中は?」
 「祐一先輩も拓磨も、まだ戻ってきてません。慎司くんと美鶴ちゃんは、もうちょっと、かな。
 私は、出来た分のお料理を、先に運んで来たんです」
そう言って、持ってきた重箱の包みを、シートの上に置いた。
本当は、少し心配だったんだ。祐一先輩からも忠告されていたし・・・。
 『真弘は飽きっぽいからな。一つの所にずっと座らせておくのは、多分ムリだ。
 逃げ出さないよう、しっかり見張っておいた方が良い』
本当に逃げ出していると、思っていたわけではないけれど・・・。
話し相手くらいは欲しいよね。一人で待っているのは、やっぱり淋しいもの。
 「おっ、美味そうだな」
 「ちょっとダメですよ。食べるのは、みんなが揃ってからです」
真弘先輩は、重箱の包みを解くと、中にあった唐揚げを一つ摘んで、口に運んでいた。
 「うっせーなー。味見だよ、味見」
 「そう言うのは、摘み食いって言うんですよ」
 「細かい奴だなー。んなの、どっちでも一緒だろ」
 「全然違います!!」
今度は玉子焼きに手を伸ばそうとする真弘先輩を遮って、慌てて重箱を持ちあげる。
 「ケチくせーな。一口くらい、良いじゃんかよー!!」
そう言って、真弘先輩も更に手を伸ばそうとする。
 「ダメですってばー!!」
私も更に遠ざけようと、目一杯手を伸ばすと、重箱が何かにぶつかった。
 「なかなか戻ってこないと思ったら・・・。いったい二人して、何をしてるんですか?」
 「し、慎司くん?」
慌てて振り向くと、不機嫌そうな顔をした慎司くんが、私たちを見下ろしていた。
 「んなの、見りゃ判んだろー。恋人同士の愛の語らいだよ、愛の。邪魔すんな、慎司」
 「そういう恥ずかしいこと、言わないでください!!
 違うからね、慎司くん。ちょっと、真弘先輩がふざけてただけで・・・」
真弘先輩の言葉に、私は顔を赤くする。
確かに、傍目から見たら、そんな風に見えたかも知れない。
 「・・・ズルイです。真弘弘先輩ばっかり」
 「あー?ズルイって何がだよ。仕方ねーだろ。こいつは、俺んなんだから。さっさと諦めろ」
拗ねた言い方をする慎司くんに、真弘先輩は溜め息交じりに、そんなことを言う。
もう!!そういう恥ずかしいことを、本人を目の前にして言うの、止めてください。
更に熱の上がる顔を見られたくなくて、慌てて俯いてしまった。
 「諦めるなんて、嫌です!!だいたい、玉依姫はみんなの姫様なんですからね。
 一人が独占するなんて許せません。今日の珠紀先輩は、僕たちに貸していただきます」
 「んだとー!!そんなこと、俺は絶対認めねーからな!!
 だいたい、珠紀は物じゃねーんだ。貸し借りなんて、出来っかよ!!」
 「真弘先輩に、認めてもらわなくても結構です!! 
 とにかく今日は、独り占め禁止ですからね。さぁ、珠紀先輩は、僕と一緒に来てください」
慎司くんはそう言って、私の手を掴むと、その場から離れるように歩き出した。
 「えっ、ちょっと、慎司くん。ねぇ、いったい、どうしちゃったの?」
 「珠紀先輩は料理担当なんですから、一緒に戻ってもらいます」
それだけ言うと、後は無言のまま、前を向いて歩き続ける。
真弘先輩だけが、一人その場に残されてしまった。
私たちがその場を離れても、追いかけてくるでも、声を掛けるでもない。
気になって後ろを振り向くと、シートの上に座ったまま、悲しそうな顔で私たちを見送っていた。
 
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