「独占禁止」(3)

急いで境内にある桜並木まで戻ってくると、真弘先輩の姿を探す。
真弘先輩は、さっきと同じようにシートの上に座りながら、空を見上げていた。
満開の桜の花を見ているのか、それとも何処か遠い場所へと思いを馳せているのか・・・。
まるで、真弘先輩がそこから消えてしまいそうな気がして、何だかとても怖くなる。
 「真弘先輩!!」
私は慌てて、真弘先輩の傍まで駆け寄った。
 「・・・珠紀。戻って来たのか?」
私の声に驚いたように、真弘先輩がこちらを向く。
 「良いのかよ?慎司たちと一緒にいなくて・・・」
 「良いんですよ。だって私は、他の誰でもない、春日珠紀なんですから」
玉依姫である前に、私は一人の女性として、自分の気持ちに正直でありたい。
今は、真弘先輩の傍にいられること。それが、私の望み。
 「んだよ、それ。まーた、意味判んねーこと、言い出しやがって・・・。
 春が来て急に暖かくなったからって、頭、沸いてんじゃねーのか」
憎まれ口を叩きながら、それでも何処か嬉しそうに、真弘先輩は笑った。
私は、真弘先輩の笑顔が見れたことが嬉しくて、先輩のすぐ横に腰を下ろす。
 「違います!! 私は、自分がしたいようにする、って言いたかったんですよ」
 「もっと判んねーよ。まぁ、良いや。じゃあ、俺もしたいようにするぞ」
呆れた声でそう言うと、横に座った私の膝に頭を乗せて、その場に寝転がる。
 「ちょっと、真弘先輩!!もぉ、また寝ちゃうんですか?せっかく戻って来たのに・・・」
 「うっせーな。俺もしたいようにする、って言っただろう。
 それに、こうしてたら、誰もお前を連れ去ったり、できねーからな」
私の膝枕で気持ち良さそうに目を瞑ったまま、真弘先輩は小さな声でそう付け加えた。
 「もう・・・何処にも行きませんよ。ずっと、傍にいます」
そう答えた後、どうしても聞きたかったことを口にしてみる。
真弘先輩は、眠ってしまって聞いていないかも知れない。
それならそれでも良い。でも、心の中に留めておくことが、どうしてもできなかった。
 「どうしてさっきは、引き止めてくれなかったんですか?」
慎司くんが私の手を引いたとき。真弘先輩は、何も声を掛けてはくれなかった。
そのまま連れていかれてしまっても、良かったのだろうか?
 「俺にはまだ、その資格がないから」
眠っているとばかり思っていた真弘先輩が、私の言葉に反応するように、そう答えを返す。
ゆっくり目を開けると、真剣な表情のまま、私の顔を見上げていた。
 「・・・蔵にある古い文献にな。こう記されてるんだよ。
 『玉依姫を娶りて主となる者。すべての守護者より秀で、すべての守護者より認められし存在』。
 玉依姫の横にいられるやつってのは、守護者にとっては特別なんだ。
 俺はまだ、お前を独占できるほど、他の連中に認められてるわけじゃねーからな」
玉依姫を娶った主って、結婚相手のことだよね。
玉依姫の恋愛に、そんなルールがあるなんて、知らなかった。
 「そんなの・・・関係ないですよ」
みんなには祝福されたい。でも、一番大切なのは、二人の気持ちだと思う。
そう思って口にした私の言葉に、真弘先輩はキッパリと否定する。
 「俺には!!いや、俺たちには、あるんだよ。慎司が言ってただろ。
 一人が独占するのは許せない、ってさ。あいつも、宮司修行をしてるからな。
 蔵にある文献くらい、目を通してんだろう。こんな掟なら、知ってて当然だ」
真弘先輩は、辛そうな顔をしていた。
子供の頃から蔵にある文献を読み漁っていた真弘先輩。
これ以外にも、きっと色んな掟があるのだろう。
その掟に、従わなければいけない、と言うのなら・・・。
 「それなら、認めてもらいます!!真弘先輩が私にとって、どれだけ大切な人なのか、ってこと。
 みんなが許してくれるまで、私、絶対頑張りますから!!」
そうだ。ついさっき、思ったばかりじゃない。
真弘先輩へのこの想いを、私たちを知るすべての人に、認めてもらいたい。
玉依姫としてではなく、私自身として、真弘先輩とのこれからのために、必ずやり遂げてみせる。
 「・・・ったく。相変わらず、お前は強いよな。何に対しても諦めない、ってホントすげーよ。
 お前が頑張るって言ってんのに、この俺様が弱気になってちゃ、格好悪い・・・か。
 俺も、お前の隣に堂々と立っていられるような、そんなでっかい男になってやるよ」
小さく息を吐くと、真弘先輩はまるで宣言をするかのように、そう言ってくれた。
 「”でっかい”はともかく・・・期待してます」
 「言ってろ、バーカ」
真弘先輩は、そう言って笑うと、再び目を瞑ってしまった。
 「もうすぐ、みんな来ちゃいますよ」
あれから随分と時間が経っている。準備だってもう、終っているはずだよね。
買い物に出ている祐一先輩や拓磨も、戻ってきても良い頃合いだと思うし。
そろそろ起きてくれないと、また恥ずかしいことになりそうだ。よく判らない計画のこともあるし・・・。
そう思って辺りを見回していると、ツンっと、髪を引っ張られているような気がした。
真弘先輩の指が、髪の一束を摘んで、軽く引いている。
そして更に、その手を私の頭の方へと伸ばし、そっと自分の顔に引き寄せた。
私はされるがままに従って、真弘先輩の唇に自分のそれを重ねる。
 「今日のところは、これで勘弁してやる。
 その代わり、明日は一日、俺のために空けておけ。ずっと二人だけで過ごすぞ」
 「・・・はい。空けておきます」
素直にそう返すと、満開の桜のように頬を染めた真弘先輩が、嬉しそうに微笑んだ。

完(2010.06.19)  
 
 ☆ このお話は、秋羽仁 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
 
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