「靴擦れ」(2)

 「たーまーきー。ただいまー」
家へ靴を取りに行ったはずのおーちゃんが、そんなに時間が経たない内に戻って来た。
嬉しそうに尻尾を振りながら、私に抱きついてくる。
 「えっ?おーちゃん、もう行って来たの?それで、肝心の靴は?」
どう見ても、手ぶらのようにしか見えないけれど・・・。
 「お前はいつも、おさき狐をパシリに使ってんのか?」
おーちゃんに気を取られていたせいで、他に人がいたことに気付かなかった。
急に聞こえてきた声に反応して顔を上げると、そこには呆れ顔の真弘先輩が立っている。
 「真弘先輩、なんで・・・?」
 「なんでじゃねーよ。こいつが慌てて走ってるから、ちょっと声を掛けてだな」
 「ちーがーうー。まひろ、ぼくのしっぽ、ひっぱったー」
 「声掛けたのに、ムシして行っちまうからだろ!!」
 「だってー、たまきのおつかうのとちゅうー」
家に向かって走るおーちゃんを見掛けた真弘先輩が、
私に何かあったのかと心配して、呼び止めたらしい。
 「ほら、欲しかったのは、これだろ」
真弘先輩はそう言うと、私の手元に絆創膏が入った箱を放る。
おーちゃんから事情を聞いて、近くの薬局で買ってきてくれたんだ。
箱の表面に、お店のシールが貼られている。
 「・・・・ごめんなさい」
結局、真弘先輩に迷惑を掛けることになっちゃった。
 「なーに謝ってんだ? こういうときは、”ごめん”じゃなくて、”ありがとう”だろーが」
 「だって、また真弘先輩のお世話になっちゃって・・・。迷惑ばかり掛けて、ごめんなさい」
 「んなの、今に始まったことじゃねーだろ。
 それに、お前の面倒みんのは、彼氏である俺の役目だ、って思ってるしよ。
 だから、そーやって遠慮される方が、迷惑だっつーの」
いちいち気にするな。真弘先輩はそう付け加えると、私の横に座り込む。
そうか。私たち、付き合ってるんだもんね。少しくらいなら、頼っても良いのかな。
少しくらい・・・っていうのが微妙だけれどね、私の場合。
 「・・・ありがとうございます」
私は素直にお礼を口にすると、ありがたく絆創膏を使わせてもらうことにする。
 「んで、ババ様の客人ってのは、もう帰ったのか?」
 「はい。今、駅まで送ってきた帰りなんです」
 「まひろとちがってー、やさしいひと。かっこいーの」
 「んだと、こら!! そんなことばっか言ってっと、尻尾抜くぞ!!
 あ? 格好良い、って、客人は男か? 珠紀お前、男と二人で、ずっと居たのか?」
よっぽど尻尾を引っ張られたのが、気に入らなかったらしい。
私の首に抱きついているおーちゃんが、真弘先輩に悪態を吐く。
けれど、その言葉の内容に、真弘先輩が驚きの声を上げる。
 「確かに男の人でしたけど・・・」
 「ふたりじゃないもん。ぼくも、たまきとずっといっしょ!!」
 「うるせーんだよ、クリスタルガイ!! お前は普通の人間には見えねーだろ。
 傍から見たら、珠紀とそいつの二人っきりにしか見えねーんだよ!!」
二人が言い合いを始めてしまい、私が口を挟む隙がなくなってしまった。
でも、これ以上真弘先輩の機嫌を損なわせるのも、申し訳ない気がするし。
私は、きちんと勘違いを訂正するために、思いっきり息を吸い込むと、大きな声を出す。
 「ストップ、ストーップ!!喧嘩しないで、二人とも!!
 お客様は男の人もいましたけど、その人は娘さんを連れてたんですよ」
 「な・・・なーんだ、子連れかよ。焦らせんなっつーんだ、こいつ!!」
 「いたーい。まひろ、きらいー。べーだ」
真弘先輩は安堵の声を漏らすと、八つ当たりするかのように、おーちゃんの尻尾を軽く引っ張る。
おーちゃんは、そんな真弘先輩に舌を出して見せると、そのまま私の影に隠れてしまった。
 「もう。真弘先輩、ちょっと大人げないですよ」
 「うっせーな。お前にベタベタ引っ付いてるから、ちょっとムカツイたんだよ」
真弘先輩はそう言うと、バツの悪そうな顔でソッポを向いた。
 
BACK  ◆  NEXT