「靴擦れ」(3)
靴擦れで赤くなっている踝に、真弘先輩から貰った絆創膏を貼っている間、
真弘先輩は黙って、終るのを待っていてくれた。
「んで、その父娘はババ様のところへ、何しに来たんだ? 親戚か?」
私の治療が一段落するのを見計らって、真弘先輩が口を開く。
お祖母ちゃんのところへ来客がある。
そのことは、卓さんから守護者全員へと伝えられていた。
お客様が帰られるまで、誰も宇賀谷家には近付かないこと。
それがお祖母ちゃんから守護者へ伝えられた、遵守事項。
その通達のせいで、お客様がどんな人物なのか、みんなの興味を煽ってしまったらしい。
きっと今ごろ、真弘先輩以外のみんなが、家に集まっているんだろうな。
「実は、私もよくは知らないんです。
お祖母ちゃんを頼ってみえたのは、事実なんですけど・・・」
「ババ様を頼って?」
「はい。一緒に連れていたお嬢さん。まだ、10歳くらいなんですけどね。
どうやら特殊な力があるかも知れないって。
その見極めを、お祖母ちゃんに頼みに来たらしいんです」
長い時間、お祖母ちゃんの部屋に篭っていた三人。
何も説明されていなかった私は、どうしても気になって、居間とお祖母ちゃんの部屋を何度も往復していた。
それを見咎めた美鶴ちゃんに窘められた後、何とか彼女から情報を引き出すことに成功する。
知っているのはこれだけです、と言って美鶴ちゃんが教えてくれたのは、真弘先輩に話したことがすべて。
「それで、お前はどう思った? さっきまで一緒だったんだろ。何か特別な力がありそうだったのか?」
「それが、ぜーんぜん判りませんでした。あっ、でも、お祖母ちゃんだって判らなかったんですよ。
暫く様子を見よう、ってことで帰されたんですから」
さっきまで一緒だった女の子を思い出す。
特に変ったところのない、普通の少女にしか見えなかった。
「私も、子供の頃からちゃんと力がある、って判ってたら良かったのにな」
「んでだよ? 必要ねーだろ、そんな力」
羨ましそうに口にした私の独り言に、真弘先輩が反応する。
確かに、普通に生活するだけなら、全然必要ないけれど・・・。
「だって、子供の頃に力が目覚めてたら、ちゃんと修行して、使いこなせるようになって・・・。
最初から鬼斬丸を封印することだって、できたかも知れないじゃないですか。
そうしたら、真弘先輩にだって、辛い思いも怖い思いも、させなくて済んだんですよ」
真弘先輩の幼少時代。ずっと贄としての運命を背負わされて過ごしてきた。
それはとても辛くて、怖かったに違いない。そう強いていたのは、すべてこの私。
「ばーか。んなの、関係ねーよ。だいたい、ちょっと修行したくらいで、
お前がそんな簡単に、力を使いこなせるとは思えねーしな。
こいつじゃアテになんねーって、さっさと命、手放してたかも知んねーだろ」
「真弘先輩!!」
そんな言い方、酷いです。自分から命を差し出すなんて・・・。
私は強い口調で、真弘先輩の言葉を遮った。
「だーかーら、なかった過去を、あれこれ考えたって、仕方ねーんだよ。
それより、現在(いま)とこれから未来(さき)をどう生きるか、って考える方が大事だと思わねーか?
俺たちの時間は、ちゃんと動いてるんだからな」
「先輩は、やっぱり強いですね」
真弘先輩は、自分の運命をも打ち砕いてしまった。
そして、過去を過去として受け入れて、きちんと前を向いて歩いている。
心が広くて、とても強い人。大人で、頼りになって・・・、そして、私の一番大好きな人。
「・・・お前が傍にいるからな」
真弘先輩は小さく呟いたかと思うと、照れ隠しのようにニカッと笑う。
「こんな手の掛かる女、彼女にしちまったんだからよ。強くなんなきゃ、やってらんねーって話だ」
そうして憎まれ口を叩くように、そんなことを言い出した。
「もぉ、せっかく尊敬するところだったのに!!」
「あっはは。当然だ。この鴉取真弘様が傍にいてやるんだからな。しっかり尊敬してろ」
そう言って楽しそうに笑うと、相変わらずの俺様振りを発揮する。
「ほら、もう歩けるんだろ。さっさと帰ろーぜ」
そして、ベンチから立ち上がった真弘先輩が、私に手を差し伸べる。
私は幸せな気持ちに浸りながら、その手に自分の手を重ねていた。
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