「キャンディ・ボックス」(2)

マシュマロ作りは、順調に進んでいた。
元々作業工程の少ないお菓子を選んでいたので、よっぽどのことがない限り、
失敗することはない。
よっぽどのこと・・・。
このメンバが揃って、平穏無事に終わることなど、期待する方が間違っていた。
 「なぁ、慎司。他にもう、やることねーのか?」
祐一先輩が溶かしてくれたゼラチンと、拓磨がホイップしたメレンゲを、
少しずつ合わせ入れては、手早く混ぜる。
慎司くんがそれを繰り返していると、真弘先輩が声を上げた。
 「他には特にないですよ。
 全部混ぜたら、また拓磨先輩に、角が立つまで泡立ててもらうくらいです。
 その後は、冷蔵庫に入れて少し固めたら、コンスターチを振って
 型抜きすれば、それでお終い。マシュマロの完成です。
 白いのだけだとつまらないなら、食紅を混ぜてピンク色のを作ったりしますか?」
 「俺の役目は、力仕事だけかよ」
名前を呼ばれた拓磨が、ボソリと不満を漏らす。
 「なんだよ、つまんねーなー。なら、その色つけっての、俺にやらせろ。
 さっきから何にもやってねーしよ。食紅ってのは、紅生姜みたいなものか?」
『紅生姜』の言葉から、やきそばと紅生姜の相性について、真弘先輩の講義が始まる。
 「・・・この白いのに、餡子入れたら、饅頭みたいになるかな?
 おい、慎司。型抜きには、鯛焼き型ってのもあるのか?」
メレンゲをホイップしながら、拓磨が呟く。
 「それよりも、油揚げの中に入れてみたらどうだろう?
 いなり寿司だと思って口に入れたら、中に甘いマシュマロが入っている。
 良いと思うのだがな」
更に、祐一先輩までが脱線し始める。
 「ダメです、ダメです。全然、ダメでーす!!」
そう叫ぶ後輩の声は、自分たちの趣味に走る先輩たちの耳には届かなかった。
拓磨から奪い取ったボールの中に、真っ赤な紅生姜を加える真弘先輩。
いつの間に湯がいていたのか、油抜きした油揚げを用意する祐一先輩。
型抜きの入ったバスケットの中に、鯛焼き型(正確には魚型)を見つけて喜ぶ拓磨。
そして、絶望に打ちひしがれて、頭を抱えてしゃがみ込む慎司くん。
扉の前で、その様子を傍観している卓さん。
 「あれ、こいつ、固まってきちまったぞ。すっげー、混ぜづれー」
ホイッパーに力を入れて掻き混ぜようとする真弘先輩は、
ゼラチンが固まり始めていることを訴える。
 「ならもう一度、温めなおしてみるか?」
 「それなら湯銭で・・・」
祐一先輩の提案に答える慎司くんのアドバイスを遮って、真弘先輩が声を上げる。
 「んなの、面倒くせー。電子レンジでやっちまおーぜ」
そう言うと、持っていたボールを電子レンジに放り込み、適当にメモリを合わせて
スイッチを押してしまった。
 「そんなに一気に温めたら、ゼラチンが!!」
慎司くんの静止の言葉も空しく、電子レンジの扉の隙間から、
得体の知れない赤い物体が、ゆっくりと流れ出てきていた。
 「こんなの、もう食べられませんよ」
 「そもそも、食べ物を作っていたのですか?貴方たちは・・・」
 「途中までは、確かに食べ物だった」
 「どこで間違ったんすかね?」
 「お・・・俺のせいじゃねーぞ」
流れ出る赤い物体を前にして、非難の視線が真弘先輩に向けられる。
 「まぁ、こうなっては仕方がないですね。
 珠紀さんへの贈りものは、各自別のものを用意することにしましょう」
卓さんの提案に、残る四人も諦めたように頷く。
 「それでは、台所の片付けの方も、しっかりやるように、お願いしますよ」
にっこりと微笑んだ卓さんが、そう付け加えた。
そして、祐一先輩の終焉の言葉と共に、この戦いの幕が閉じられる。
 「俺の幻術で、綺麗になった台所を見せることならできる」
周囲に張り巡らされた結界の内側で、大きな破裂音が響き渡った。
 
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