「キャンディ・ボックス」(3)

---------- 再び、放課後の教室。
 「一番、台所をメチャクチャにしたのは、大蛇さんなんだぜ。
 それなのに、俺たちにだけ片付けさせやがってよー。
 ったく、酷い目にあっちまった」
ブツブツと文句を言う真弘先輩に、私は小さく息を吐く。
一番酷い目にあったのは、慎司くんだと思う。
でも、真弘先輩の話を聞いたら、なんだか心がすごく暖かくなった。
結果は散々になっちゃったけれど、私たちのためにって思ってくれた
みんなの気持ちが、とても嬉しい。
そう言えば、登校時間に合わせて家を訪ねてくれた卓さんを筆頭に、
祐一先輩、拓磨、慎司くんからも、美味しそうな焼き菓子や飴の入った
贈りものをもらったんだよね。そして、真弘先輩からも・・・。
私は、机の上に置いてあった缶を、そっと手に取った。
あれ?何だか、すごく軽い気がする。まるで、空っぽみたい。
気になって缶を振ってみると、中で何かが、カランっと音をたてる。
 「うわっ、バカ!!あんま、振るなって。割れちまう」
 「えっ?」
慌てる真弘先輩を不思議に思い、私は缶の蓋を外してみることにする。
手の平の上に逆さにすると、コロンと、中味が転がってきた。
 「これ、指輪?」
 「・・・玩具だけどな。
 留めがチャチだから、手荒らに扱うと、食う前に土台から外れるぞ」
リングの形をした土台に、ハチミツ色の飴が付いている。
 「昨日の予定が狂っちまっただろ。
 どうしようかな、って思って駄菓子屋行ったら、それがあってさ。
 さすがに本物買ってやれるほど、金ねーしな。
 だから、当分はそれで我慢しろ」
照れくさそうにソッポを向いた真弘先輩の顔は、真っ赤になっていた。
 「可愛いですね、これ。私、誕生石がムーンストーンなんですよ。
 知ってたんですか?」
 「いや、知らねー。店ん中にあったやつで、それが一番綺麗だったからな。
 まぁ、本物買うときまでは、覚えててやるよ」
誕生石と同じハチミツ色の指輪。
とても可愛くて、何だか填めてみたくなっちゃった。
自分で填めてみようと思ったけれど、どうせなら・・・。
 「じゃあ、はい」
 「あ?はいって、何だよ」
私は、飴の指輪と左手を、真弘先輩に差し出した。
そんな私の行動に、真弘先輩は不思議そうな顔をして、飴と左手を交互に見比べる。
 「真弘先輩につけて欲しいな、って・・・。せっかく指輪の形をしてるんだし」
 「んな、ママゴトみたいなこと、できっかよ!!恥ずかしいやつだな、お前」
真弘先輩は、更に顔を赤くして、一歩後ろに跳び退る。
 「えー、何でですか?確かに、飴だとおママゴトっぽいですけど・・・。
 練習だと思って、お願いします。ねっ?」
そう言って、もう一度飴を差し出す。
こういうのって、女の子の憧れなんですよ。
 「何の練習だよ、何の。仕方ねーな。今日は特別だからな。
 ほら、貸せ。それから、手が違う!!」
奪うように私から飴を取り上げると、差し出していた左手を軽く叩く。
そして、無理矢理右手を掴むと、無造作に薬指に指輪を填める。
 「そっちの指は、俺が本物やるまで、そのままとっとけ。
 お前の指は綺麗だから、玩具じゃ似合わねーんだよ」
 「・・・はい」
少し怒ったような言い方をする真弘先輩に、私は素直に頷いていた。
 「だから、もう少しだけ、待ってろ」
真弘先輩が呟く小さな声が聞こえたから・・・。
私は幸せな気持ちに浸りながら、もう一つお願いごとを口にする。
 「そのときは、もう少し、ロマンチックに填めてくださいね」
 「ぜってー、もう無理!!」
私の言葉に、真弘先輩は思い切り首を振った。

完(2010.03.14)  
 
BACK  ◆  HOME