「キャンディ・ボックス」(1)

三年生の教室。
三月になってからの、真弘先輩との待ち合わせ場所。
卒業式が近い三年生は、午前中の登校だけで帰宅が許されている。
それでも真弘先輩は、私の授業が終るまで校内で時間を潰し、
放課後は誰もいない教室で待っていてくれた。
卒業してしまったら、学校で過ごすことなんて、もうできなくなる。
それまでの間、この場所にたくさんの想い出を作りたくて、
放課後はいつも日が暮れるまで、教室でおしゃべりをして過ごす。
 「そーいや、今日は特別な日だったよな。
 ・・・ってことで、ほら、やる」
机を挟んで向かい合わせに座っていた真弘先輩は、
私たちの間にある机の上に、カツンっと音を立てながら、缶を置いた。
見覚えのあるパッケージのドロップの入った缶。
特別な日・・・って、ホワイトディ、ってこと?
もしかして、このドロップ缶がバレンタインディのお返し、だったりするのかな。
 「本当はよ、もうちょっとマシなもん、渡す予定だったんだぞ。
 あいつらが、余計なことさえしなきゃな」
拗ねたような言い方で真弘先輩はそう言うと、昨日の出来事を教えてくれた。
どうやら守護五家のみんなが集まって、美鶴ちゃんと私へのバレンタインディのお返しを、
手作りの品で用意しようとしてくれたらしい。
---------- 昨日の大蛇邸。
台所に集まった五人の顔には、様々な表情が浮かんでいた。
先輩方を相手に指導するなんて絶対に無理・・・と、悲壮感の漂う慎司くん。
これからいったい何をやらされるんだ・・・と、ウンザリしている拓磨。
ホイッパーを嬉しそうに振り回しては、意気揚揚としている真弘先輩。
キッチングッズを珍しそうに眺めている、表情に変化のない祐一先輩。
台所の行末と後始末について考えを巡らせる、憂いを含んだ卓さん。
そして、慎司くんが告げる鬨の声で、決戦の火蓋が切って落とされた。
 「それでは始めます。準備は良いですか?」
その声に、何かを諦めたように卓さんが息を吐き、
キッチングッズに視線を向けていた祐一先輩が顔を上げる。
 「準備は良いが・・・。いったい何を作るつもりなんだ、慎司」
 「ホワイトディと言えば、飴を渡すのが定番なんですけど。
 さすがに先輩方にそれを作れ、って言うのは無謀なので・・・。
 もう一つの定番であるマシュマロを作ろうと思います。
 これは比較的簡単なので、料理初心者のみなさんでも充分作れるはずです」
そうして慎司くん主導のもと、マシュマロ作りが始まった。
 「まずは、ゼラチンをお鍋で温めてください。
 電子レンジでも良いですけど、お鍋でやる方が手作りっぽいので・・・」
お鍋とゼラチンの粉を手渡された祐一先輩が、ガスレンジの前に立つ。
 「拓磨先輩は、メレンゲ作りをお願いしますね。
 これは力が要るので、拓磨先輩のためにあるような仕事ですよ」
卵とボール、そして真弘先輩からホイッパーを奪い取ると、
すべてを拓磨の手の中に押し付ける。
 「じゃあ、慎司。俺は?」
 「真弘先輩は大人しくしてて・・・、うわぁー、嘘です、嘘です。
 僕は拓磨先輩じゃないんですから、殴らないでください!!
 じゃあ、型に使うバットの上に、ラップを引くのをお願いします」
暴れ出した真弘先輩を、何とか宥めることに成功すると、バットとラップの場所を指示する。
 「それでは、私は何をしましょうか?」
 「卓さんには、場所を提供していただいているので、もうそれだけで・・・。
 強いて言うなら、先輩方の暴走を止めて欲しいです」
泣きそうな顔で訴える慎司くんに、卓さんは最高の笑顔を向ける。
 「大丈夫ですよ、犬戒くん。安心してください。
 そちらの準備は、すでに整っていますから」
その笑顔を見た慎司くんは、『今日は生きて帰れない』と、自分に訪れる不幸を呪った。
 
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