「彼氏の証明」(4)

頭を冷やすために、俺は屋上にいた。
さっき時計の針が10時を回ったから、校門の鍵は施錠されちまった。
結局、珠紀たちのクラスは、その時間までに準備を終らせることができず、
明日の開錠時間までは、学校に残っていなければならない。
外が明るくなる時間には開錠されるから、後、八時間くらいってところか。
 「うわぁ、星がすごい綺麗」
出入り口の屋根の上で寝転んでいた俺は、下から聞こえてきた声に、慌てて起き上がる。
 「珠紀・・・か?」
 「あっ、真弘先輩、みーつけた」
空に上る月明かりに、珠紀のシルエットが浮かぶ。
 「んだよ、準備は終ったのか?」
 「はい、さっき。真弘先輩、先に帰っちゃったのかと思って、心配しちゃいました」
珠紀が言葉を発するたびに、シルエットが揺れる。
この距離だと、周りが暗くて、表情までは読み取れない。
その方が、俺の顔も見られなくてすむから、良いのかも知れないな。
 「そっか・・・。帰るんだったら、送っていくぞ」
 「もう、施錠されちゃってますよ。明日の朝まで、もう帰れないです」
 「んなの、飛び越えれば良いだけだろう」
 「ダメですよ、そんなの!!
 それに、そんなことしたら、準備を急いだ意味がないです」
思いのほか強い口調で、珠紀が言う。 準備を急いだ意味? 
そっか。クラスメイトと夜明かしってのも、学園祭の醍醐味ではあるよな。
元々そのつもりだったのなら、俺がここにいる理由なんて、最初からなかったってことか。
 「あの、真弘先輩。私もそっちへ行って、良いですか?
 何だか、先輩の顔が見えないと、話辛いし、落ち着かないです」
 「ダメだ!! ここは柵がないから危ねーんだよ。知らずに登って、落ちたらどーする。
 それより、さっさと教室戻れよ。みんな、待ってんだろ」
 「真弘先輩、どうしてそんなこと言うんですか? 嫌です、私、教室になんて戻りません。
 真弘先輩がここにいるって言うなら、私もここにいます!!」
そういうと、下にいたはずの珠紀のシルエットが消える。
走る足音と、それからハシゴを登る金属音。
あのバカ、ダメだって言ったのに!!
 「真弘先輩!!」
珠紀が屋根の上を走ってくる。俺を目掛けて・・・。
 「珠紀・・・。ったく、何、泣いてんだよ、お前は」
月明かりの下。漸く、珠紀の顔を見ることができた。瞳に溜めた涙が光っている。
 「だって、ずっとこの時間を楽しみにしていたんですよ。
 早く準備を終らせて、真弘先輩と一緒に過ごそうって・・・」
腕の中に落ちてきた珠紀を、俺はそっと抱きしめる。
 「俺と?」
 「だって、一晩中一緒に・・・なんて、滅多にできないじゃないですか。
 真弘先輩、家に来たときにも、夜には帰っちゃうし・・・。
 だから、どうしても早く準備を終らせて、一緒にいられる時間を長くしたかったんです。
 真弘先輩のクラス、準備が終りそうだって聞いたときは、ホント焦ったんですから」
準備、準備って、忙しそうに動き回っていたのは、俺と一緒に過ごすためだった、ってのか。
 「真弘先輩、何かあったんですか?あのときも・・・そうだったけど、今も、暗い顔してる。
 体調が悪いなら・・・やっぱり、帰った方が・・・」
珠紀は心配そうな顔でそう言うと、そっと俺の顔に触れる。
 「バーカ。んなんじゃねーから、心配するな」
俺は、珠紀を安心させるように笑う。けど、上手くは笑えなかった。
 
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