「彼氏の証明」(2)

 「ほらぁ、やっぱり楽しそうだよ、美鶴ちゃん。祐一先輩の劇、一緒に見に行こうよ」
誘う理由ができたせいで、俄然やる気を出した珠紀が、再び美鶴を誘い出す。
 「で、でも、私は学校関係者ではありませんし・・・」
 「そんなの関係ないよ。学園祭は誰でも入れるんだから!!」
珠紀の誘いを頑なに拒む美鶴に、大蛇さんが諭すように声を掛ける。
 「そろそろ、観念してあげてはどうですか、言蔵さん。
 珠紀さんも、充分頑張ったと思いますよ。
 卒業生ではありますが、もう大分前のことですから、私もすでに学校関係者とは言えません。
 ですが、私も行く予定にはしていますし、良かったら私と一緒に、行っていただけませんか?」
 「そう・・・ですね。大蛇さんがご一緒してくださるのなら・・・」
そして、とうとう美鶴が折れた。泣きそうな顔の美鶴とは対照的に、
美鶴の返事を聞いた珠紀の顔には、見事な笑顔が浮かんでいた。
 「卓さんもいらしてくれるんですね。
 私も、空き時間にはご一緒しますから、それまで美鶴ちゃんのこと、よろしくお願いします」
ちょっと待て、珠紀!! 学園祭だぞ。
そこは普通、彼氏の俺と回りたいとか、そうは思ったりしねーのか?
・・・なんて考えるだけムダか。珠紀は、『みんなで一緒に』、ってのが好きなやつだからな。
楽しみを分け与えるってのが、玉依姫の教えなのかよ。 だけど、やっぱムカツクぞ、俺は!!
 「確かに承りました。私も、教えている茶道部の生徒さんたちから、招待を受けているのですよ。
 当日はお二人に、美味しいお茶をご馳走しましょう」
オイ、大蛇。それを言っちまったら、学校関係者と一緒じゃんかよ。
ほら見ろ。美鶴の顔が曇っちまったじゃねーか。
荒んだ気持ちの俺は、心の中で悪態を吐く。
そんな俺や美鶴の気持ちに気付きもしない珠紀は、嬉しそうな声を出して、次の行動に移る。
 「さってと。お腹も一杯になったし、そろそろ学校に戻るね」
今日は学園祭前日。会場準備などのために、丸一日、学校が開放されている。
準備の終っていないクラスは、泊り込みで仕上げるところもあるくらいだ。
どうやら珠紀のクラスも、進捗状況は良くないらしい。
夕飯のために一時的に帰宅しただけで、またすぐに学校へ戻る予定になっている。
 「んだよ、もう行くのか?もう少しくらい、ゆっくりしてたって平気だろう?」
 「ううん。もう、みんな集まってると思うし・・・。それに、早く終わらせたいから。
 ほら、拓磨も!!のんびりお茶飲んでないで、もう行くよ」
拓磨を促して立たせると、珠紀は早々に居間を出て行った。その後を美鶴が追い駆ける。
慌てて立ち上がった俺は、居間を出ようとしている拓磨の背中を、羽交い絞めにした。
 「ちょっと待ちやがれ、拓磨!!」
 「な、なんすか、先輩!!痛いじゃないっすか」
 「うるせー!! お前、今夜一晩、珠紀と一緒にいるつもりか?」
夜の10時を過ぎると、学校の門が施錠される。
たとえ準備が終っていたとしても、帰宅することはできない。
夜中に帰して、何か問題が起こったら、学校側の責任問題だからな。
危機管理としては、当然の措置だと思う。
だが、高校生の男女を一つの教室に、一晩中押し込んでおく方が、もっと危険だ!!
それも、珠紀と一緒だなんて・・・。んなこと、俺が絶対許さねー!!
 「は?何言ってるんすか、真弘先輩。準備が終ったら、さっさと帰りますよ。俺も、珠紀も。
 帰りは、俺がちゃんと送りますか、先輩は安心してて大丈夫っすよ」
 「させるか!! 珠紀が帰るなら、俺が送る。お前の出る幕なんか、ねーんだよ」
 「あーそーっすか。なら、もう良いでしょ。苦しいから、さっさと離してください」
拓磨はウンザリした声でそう言うと、俺の腕を難なく解く。
くそー、やっぱりこいつには、力じゃ敵わねーのか。
 「もし、準備が10時過ぎまで掛かっちまったら!!お前、どーするつもりだ?」
 「どーする、って。帰れなかったら、仕方ないじゃないっすか。
 教室で時間潰すくらいしか、他にやることもないし・・・。あー、大丈夫っすよ。
 他のヤローどもに、珠紀を近付けさせたくないんでしょ。それくらい、俺が護りますから」
お前も含めてな!! そう口から出そうになるのを、必死で抑えつける。
これ以上、ミジメになってたまるか。
 「拓磨ー!!何してるのー?早くしないと、先に行っちゃうよー」
玄関から、珠紀が拓磨を呼ぶ声がする。
チェッ、こんなときでも、名前を呼ぶのは拓磨だけなのかよ。
 「俺も、準備があるから、一緒に行く!!」
そう言って、拓磨よりも先に、玄関へと歩き出した。
 
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