「彼氏の証明」(3)

暫く、あちこちの教室を見て回りながら、時間を潰す。
俺のクラスは、とうに準備は終っているからな。
でも、『準備がある』とでも言わなきゃ、珠紀と一緒に学校へは来られなかったんだ。
それぐらい、仕方ねーだろ。
二年生の教室の前まで歩いてくると、教室の窓から珠紀の顔が見えた。
他の女子たちと一緒に、紙でできた花を持って、嬉しそうに笑っている。
その笑顔が可愛くて、不覚にも見惚れちまった。
そのとき、ドアの前でウンザリした顔で立っている拓磨と、目が合った。
 「なーにしてるんすか、真弘先輩」
 「んだよ、良いだろー。息抜きだよ、息抜き。
 で、どーなんだよ、そっちは。準備の方は進んでんのか?」
せっかく拓磨に逢えたので、珠紀が今日中に帰れるのかどうか、探りを入れてみる。
 「んー、どうっすかね。ボチボチってとこじゃ、ないっすか」
 「10時回りそうか?」
今の時間は、もうすぐ9時になるところ。後一時間もすれば、門は施錠されちまう。
そうなっちまったら、珠紀はこいつらとここで、一晩過ごすことになる。
それだけは、絶対に阻止したい。
 「それは判んないっすよ。どれが完成形なのか、判ってないっすもん、俺」
 「あー、拓磨!!何サボって・・・、あれ、真弘先輩もいたんですか?」
教室の中から、珠紀が俺たちを見つけてやってくる。
真弘先輩”も”、ってなんだよ、”も”ってのはよー。
 「いて悪かったな」
大人気ないとは思ったけれど、つい拗ねた口調になっちまった。
 「どうかしたんですか?もしかして、準備が大変で、疲れてるとか?」
俺の機嫌が悪いことに気付いた珠紀が、心配そうな顔を向ける。
 「んなんじゃねーよ。そっちこそ、どうだ、準備の方は・・・」
 「着々と、って感じです。あっ、ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、珠紀は一度教室に戻る。
中から「これ一つ貰うねー」という明るい声が聞こえ、すぐに帰って来た。
 「はい。これ飲んで、早く元気になってくださいね」
そう言って、紙パックのジュースを渡してくれる。
 「あ、ああ。わりぃな」
 「ううん、良いんです。それより、真弘先輩のクラスは、準備終ったんですか?」
 「そ・・・そろそろな。
 だから、他のクラスはどうか、様子を見て回ってるっつーか、その・・・」
さすがに、既に終っているとは言えねー。
適当に言葉を繋いで誤魔化していると、珠紀が驚いたような声を上げる。
 「うそっ!!真弘先輩のクラス、準備終っちゃうんですか?
 うちのクラスの準備、随分遅れてるのかな。それなら、もう少し急がなきゃ!!
 じゃあ、真弘先輩、私、準備に戻りますね」
一人でそう納得すると、珠紀は俺に頭を下げて、教室に戻ろうとする。
そして、俺と一緒に立っていた拓磨に気付くと、珠紀は拓磨にも声を掛けた。
 「ホラ、拓磨も行くよ。上の方の飾り付け、お願いして良い?
 私じゃ届かないんだもん」
 「・・・・・!!」
俺は、珠紀の言葉に固まってしまった。
『上の方の』。『私には届かない』。
その言葉たちが、俺の頭の中をグルグルと駆け回る。
背が低いこと。長年の俺のコンプレックス。
まさか、こんなところで、珠紀自身の手によって、徹底的に打ちのめされるとはな。
珠紀とほぼ同じ身長の俺。珠紀が届かない場所は、俺にだってムリだ。
やっぱりお前も、背の高い男の方が良いのか?
 「わ・・・判った、今、行くから」
 「うん、じゃあ、お願いするね。あっ、委員長。明日の件なんだけど・・・」
通りすがったクラスメイトを見つけ、珠紀はそいつと一緒に教室へと戻っていった。
 「ま・・・真弘先輩。大丈夫っすか?」
同情を含んだ視線を向けられ、俺のなけなしのプライドも粉々に砕けちまった。
なんだよ、くそー!!後輩のくせに、そんな上から見下ろすんじゃねー!!
 「拓磨の、バカヤロー!!」
 「なんで、俺なんすか?」
大声を出して廊下を駆け出した俺の耳には、拓磨の呟きは届かなかった。
 
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