「彼氏の証明」(1)

宇賀谷家の居間。
俺を含めた守護五家メンバーは、美鶴の作った晩飯にありついていた。
 「ねぇ、美鶴ちゃんも、おいでよー。絶対楽いから、ねっ」
家主である珠紀だけが、さっきから同じ言葉を繰り返して、美鶴を困らせていた。
 「もう、それぐらいにしとけよ、珠紀。さっさと食わねーと、飯が冷めんだろーが」
 「だって、真弘先輩。美鶴ちゃん、来ないって言うんですよ」
拗ねた口調でそう言うと、珠紀は渋々箸を取り上げた。
明日から始まる学園祭に、どうやら珠紀は、美鶴を連れて行きたいらしい。
まぁ、珠紀の気持ちも、判るけどよ。
近所への買物と、村の会合。それ以外は、ずっとこの宇賀谷家に居て、
ババ様や珠紀の面倒を見ている。
なんてのは、健全な若者のすることじゃ、ねーもんな。
たまには外へ連れ出してやりたい。珠紀はきっと、そう思ってるんだろう。
 「だが、無理強いをしてはいけない。
 美鶴も、嫌だと思うなら、はっきりと断った方が良い」
祐一が、美鶴に助け舟を出す。
こいつの場合、別の意図があることを知っている俺は、つい笑い出しそうになり、
無表情な顔で睨まれた。
 「だいたい、”絶対楽しい”って、お前だって知らないだろ。
 うちの学園祭に参加すんの、初めてなんだから」
 「何言ってるの、拓磨。学園祭だよ。
 お祭りなんだもん、楽しくないわけないじゃん」
拓磨の援護も、あっさりと言い負かされる。
前々から思ってたんだけどよ。
珠紀のやつ、何で拓磨に対してだけ、そんな砕けた口調で話すんだ?
祐一や大蛇さんは年上だから仕方ねーとしても、年下の慎司にだって、
もうちょっと丁寧な話し方してるよな。
いくら年上だって言っても、俺は彼氏なんだし、もうちょっと・・・。
 「なんすか、真弘先輩。何でそんなに、俺を睨むんすか?」
 「何でもねーよ!!」
八つ当たり気味に怒鳴り返した俺に、拓磨は諦めたように肩を竦めた。
 「珠紀さんは、随分と楽しみにしているみたいですね。
 学園祭では、何をなされるんですか?」
場の雰囲気を変えるように、大蛇さんが珠紀に話し掛ける。
 「私と拓磨のクラスは、お好み焼き屋さんをするんです。
 お祭りと言えば、やっぱり粉物ですよね」
 「粉物の代表は、たこ焼きですよ、珠紀先輩。
 今回は、僕がレシピを考えますから、美味しいたこ焼きができます。
 是非、皆さんも食べにいらしてくださいね」
珠紀と拓磨のクラスはお好み焼き屋。慎司のクラスはたこ焼き屋を出店するらしい。
ったく、どっちも判ってねーな。祭りの食い物って言ったら・・・。
 「やっぱり、やきそばだろ、祭りっていやーよー。
 去年は、拓磨のクラスでやってたじゃん。なんで今年は違うんだ?」
 「去年の学園祭。忘れたとは言わせないっすよ、真弘先輩。
 俺たちがやきそば焼いてる横で、持ち込んだパンに、みーんな挟んで
 食っちまったじゃないっすか。そして、食いきれなくなったパンを、売って歩いてた。
 そんなのはもう、ごめんっすよ。今年は絶対にやりません!!」
そういや、そんなことしたっけな。今の今まで忘れてたけど・・・。
 「んだよ、ちょっとしたシャレじゃねーか。心の狭いやつだなー」
 「私も見てみたかったなー。去年の学園祭。
 今年は何をやるんですか?真弘先輩のクラスは・・・」
可愛い声で笑いながら、珠紀が俺に尋ねる。
 「俺のクラスは、毎年オバケ屋敷だ」
 「真弘先輩がオバケ役をやるんですか?」
 「んな格好、できっかよ。格好良い俺様は、教室の前で、客を勧誘する係りだ」
 「真弘は、一箇所に留まっているのが苦手だからな。
 狭いところでじっとしているオバケ役も、教室の前でやる勧誘係も、
 どちらもマトモにやったためしがない」
俺の言葉を受けて、祐一が言葉を挟む。
んだよ、祐一のやつ。俺を、そんな飽きっぽいみたいに言うなよなー。
暗くて狭いところは、蔵を思い出しちまって、居心地わりーんだよ。
 「祐一先輩も、真弘先輩と同じクラスでしたよね。じゃあ、祐一先輩はオバケ役・・・。
 も、もしかして、幻影で脅かしたり・・・」
 「俺は、そんなくだらないことに、自分の力を使ったりはしない」
 「まー、祐一はそうだよな。
 特に今年は、演劇部に頼まれて劇にも出ることになってっから、忙しくて、
 クラスの方にまで手が回んねーしよ」
祐一には口止めされていたけれど、どうせ当日にはバレんだしな。
早く言っちまった方が、面倒がなくて良いだろう。
そう思って祐一を見ると、再び無表情な顔で睨まれた。
 「えー!!祐一先輩、劇に出るんですか?」
 「おやおや、今年は狐邑くんがやられるのですか。
 あの学校の演劇部は、残念ながら男子部員の数が足りませんからね。
 私のときも、手伝って欲しいと頼まれました。いやぁ、懐かしいです」
大蛇さんが、にっこりと微笑みながら、大それたことを言う。
大蛇さんが演劇!!いったい、何の役をやったんだ。
祐一に睨まれるより、俺はそっちの方が怖いぞ!!
 
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