「チョコレート・ディ」(4)

慎司くんと別れた後、私は祐一先輩に逢うために、図書室へと急いだ。
図書室の前まで来ると、扉が中から開けられた。女の子が一人、飛び出してくる。
一瞬、私と目が合った女の子は、そのまま無言で走り去っていった。
今のあの子、泣いてなかった?
 「珠紀。そんなところに立っていないで、中へ入ったらどうだ?」
走り去った女の子の背中を眺めていた私は、図書室の中から祐一先輩に声を掛けられ、
慌てて我に返る。
 「あの・・・、今のは・・・」
聞かない方が良いとは思ったけれど、どうしても好奇心には勝てない。
祐一先輩の傍まで歩いていくと、私はそう尋ねてしまっていた。
 「あぁ。チョコレートをくれると言うので、それを断った。
 用事が済んだので帰ってもらった。・・・そんなところだな」
肩を竦めて、何でもないことのように、祐一先輩は言う。
そんなところ、なんて言うほど、簡単なシーンには思えないですよ、祐一先輩!!
 「なんで、断っちゃったんですか?」
 「気持ちに答えてやることが、俺にはできない。
 チョコレートを受け取るということは、そういうことなのだろう?」
真剣な眼差しで語る祐一先輩。どんな相手にでも、真摯に答える祐一先輩。
そんな先輩だからこそ、みんなが祐一先輩を好きになる。
 「俺は、自分が思いを寄せる相手から以外、何も受け取るつもりはない。
 すまないとは思うが・・・。ただ、何故それを、珠紀が気に病む必要がある?」
心配そうな顔で、祐一先輩が私を見る。また、泣きそうな顔でもしていたのだろうか?
 「いえ、違うんです。あの・・・」
祐一先輩の言葉に言い淀むと、私は鞄の紐をギュッと握り締めた。
どうしよう。私のチョコレートも、きっと受け取ってはもらえない。
お世話になっているお礼とか、そんな理由を付けたとしても、きっと断られる。
相手の気持ちを考えてしまう祐一先輩だからこそ、断るのだってきっと辛いはず。
それを私がさせてしまうのは、とてもいけないことのような気がした。
でも、美鶴ちゃんのチョコレートも、預かってきているし・・・。
美鶴ちゃんの本命が拓磨ではなく、祐一先輩だったら?
ここで私が渡さなければ、美鶴ちゃんの気持ちは伝わらないままだ。
 「どうしたんだ。言いたいことがあるなら、きちんと言った方が良い。
 俺にできることなら、力を貸すぞ」
 「私も!!・・・私も、祐一先輩にチョコレートを渡そうと思ったんです。
 だけど、祐一先輩にはご迷惑だから・・・、その、せめて美鶴ちゃんの分だけでも」
言いたいことを上手く言葉にできなくて、どんどん小さな声になっていく。
 「珠紀が、俺にチョコレートを? そうか。それはありがたく、もらうとしよう」
祐一先輩の言葉に、私は驚いてしまった。断られるとばかり思っていたのに・・・。
 「あの、ごめんなさい。良いんです、気を遣わないでください。
 これは持ち返って、自分で食べますから」
 「どうしてだ?それは、俺にくれるのではないのか?」
 「だって、祐一先輩は、誰からももらわない、って・・・」
 「珠紀は、俺にとっては特別な存在だ。その珠紀がくれると言うのだ。
 断るわけがないだろう。そうだな。美鶴も、俺にとっては妹みたいなもの。
 美鶴の分も、もらっておこう」
とても綺麗な笑顔を向けられると、私はそれ以上は何も言えなくなる。
私は鞄の中から、私の分と美鶴ちゃんの分の紙袋を取り出すと、祐一先輩に手渡した。
祐一先輩にとっての特別って、私が玉依姫だから、なのかな?
玉依姫と守護者の関係だって言われてしまうと、そこには何らかの主従関係があるようで、
淋しい気持ちになる。私も、美鶴ちゃんと同じ、妹分として見られていたら良いのに・・・。
 「あっ、あの、祐一先輩。
 今日、美鶴ちゃんがご馳走を作って待っていてくれるんです。
 良かったら、祐一先輩もいらっしゃいませんか?」
みんなにも伝えた夕飯のお誘い。もちろん、祐一先輩にも忘れたりはしなかった。
 「そうだな。美鶴が作るいなり寿司も、とても美味い。ご馳走になるとしよう。
 ・・・ところで、もう、真弘には逢ったのか?」
 「いえ、実はこれからなんです」
いけない。放課後に教室で待ち合わせしていたのに、もう随分時間が経ってしまっている。
真弘先輩、待ちくたびれて、怒っているだろうな。
 「・・・そうか。なら、早く行くと良い。
 昼休みにお前が屋上に来なかったから、相当不貞腐れていたぞ」
お昼休みに戻って来た拓磨が、何となく不機嫌だった理由が判ったような気がした。
 
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