「チョコレート・ディ」(3)

お昼休みは、クラスの女の子たちと一緒に、バレンタイン談議に花を咲かせていたので、
屋上には行けなかった。そのため、祐一先輩と慎司くんには、まだチョコレートを渡せていない。
放課後。真弘先輩と逢う約束をしているけれど、その前に渡してしまおう。
図書室へ行く途中には、一年生の教室があるから、先に慎司くんのところへ行こうかな。
階段を下りて一階へ行くと、廊下にズラっと女の子たちが並んでいた。
 「何、この列?」
その手に可愛くラッピングされた袋や箱を持って並んでいる女の子たちを横目に、
私は慎司くんの教室を目指す。すると、列の先頭に、お目当ての顔を見つけた。
 「あっ、慎司くん。良かった、まだ帰ってなかっ・・・」
笑顔で声を掛けた私は、列に並んでいた女の子たちから一斉に非難の視線を浴びせられ、
途中で言葉を詰まらせる。
 「春日先輩。横入りしないでくださいよ。みんな、順番守って並んでるんですから!!」
 「えっ、この列、みんな、慎司くんになの?」
先頭の方にいた後輩の女の子に咎められ、ようやく事態を把握する。
この長蛇の列は、慎司くんにチョコレートを渡すために並んでいたものだったんだ。
慎司くんのアイドル並の人気振りに、私は感心してしまう。
うーん、さすがにこれの最後尾に並んでたら、時間が掛かりすぎるよね。
先に祐一先輩のところに行ってこようかな。
 「あの、珠紀先輩、ちょっと!!みんなも、ごめんなさい。少しだけ待っていてもらえませんか?
 すぐに戻りますから・・・」
後ろを振り返って最後尾の位置を確認していた私の腕を掴むと、
慎司くんは廊下の角を曲がったところまで引っ張っていく。
 「申し訳ありません。さっきまでは、バラバラに押しかけられてしまったので、
 仕方なく並んでもらったんです。あの、珠紀先輩も、僕に何かご用だったんですか?」
 「ううん、用事ってほどでもないんだけど・・・。私も、慎司くんにチョコレートを渡したいな、って。
 これ、良かったらもらってくれる?」
そう言いながら、紙袋を二つ手渡す。
 「えっ?二つも?」
 「あっ、一つは美鶴ちゃんから。昨日、一緒に作ったんだよ」
料理上手な慎司くんに食べてもらうのは、正直ちょっと怖い。
でも、美味しいって言ってもらえたら、これからの料理作りにも自信が持てそうだよね。
 「手作りのチョコレートを僕に・・・。嬉しいです、ありがとうございます。
 勿体無くて、食べられそうにないな」
 「そんなこと言ってると、腐っちゃうよ。
 それより、今日のお夕飯は、美鶴ちゃんがご馳走作ってくれることになってるの。
 だから、慎司くんもおいでよ。そのとき、チョコレートの感想、聞かせて欲しいな」
 「ぼ、僕も行って良いんですか?
 わぁ、バレンタインの日に、女性から誘われるなんて、生まれて初めてです」
頬を染めて微笑む慎司くんに、少しだけ申し訳ない気分になった。
もしかしたら、あの列に並んでいる女の子たちの中に、一緒に過ごしたい人がいたかもしれない。
その後、女の子たちの催促の声が高まり、慎司くんは列の方へと戻っていった。
 
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