「チョコレート・ディ」(5)
図書室を後にした私は、大急ぎで真弘先輩の待つ教室へと向かう。
教室の手前でいったん足を止めると、乱れた髪を軽く整え、制服のリボンを締めなおす。
大きく深呼吸すると、勢いよく扉を開けた。
「真弘先輩、お待たせしました!!」
「ったく、おっせーよ。あんまり遅いから、もう帰ろうと思ってたんだぞ」
真弘先輩は、読んでいた雑誌から顔を上げると、不機嫌そうな声でそう言った。
「ホントにごめんなさい。でも、待っていてくれたんですよね。ありがとうございます」
「仕方ねーだろ。お前との約束なんだからよ。で、用事ってのは、もう全部終ったのか?」
「はい、後は最後の一つを残すだけ、です」
鞄の中に、最後に残されたもの。大切な本命のチョコレート。
紙袋ではなく、綺麗な包装紙にリボンが巻かれている。
その箱を、鞄の中からそっと取り出した。
「んだよ、まだあんのか。だったら、さっさと終らせて来い」
「そんな急かさないでくださいよ。私だって、緊張してるんですから・・・」
真弘先輩のウンザリした声を聞き流し、私はもう一度、大きく息を吐いた。
「真弘先輩!!私、真弘先輩のことが、大好きです。
良かったら、これからもずっと、私と付き合ってください!!」
チョコレートを差し出しながら、私はそう言って頭を下げる。
「お、おぉ?おま、お前、今、何て言った?つーか、何で行き成り、んなこと・・・」
突然の私の告白に、真弘先輩が慌てたように聞き返す。
「今日は、女の子が大好きな人に想いを伝える、特別な日なんですよ。
だから私も、ちゃんと真弘先輩に言わなきゃ、って・・・」
ドキン、ドキン。自分の心臓の音が聞こえそうなくらいに鳴っている。
チョコレートを渡す手が、少し震えていた。私、すごく緊張しているみたい。
でも、私の想いは、真弘先輩に確かに伝えた。ちゃんと、届いてるよね。
「そっか。まぁ、サンキューな。えっと、すげー、嬉しい」
頭を無造作に掻きながら、真弘先輩は私からのチョコレートを受け取ってくれた。
「で、あの、真弘先輩?返事とかは、聞かせてもらえないんですか?」
これからもずっと、付き合っていて欲しい。私の告白の返事。
「あ?そういうのって、来月にすんじゃ、ねーのか?」
来月?・・・って、ホワイトディ!!それまで、待っていないと、ダメなんですか?
「まぁ、んなの、ムリだな」
「えっ、ムリって?」
付き合って欲しい、の返事が、ムリ? それって、もしかして私、断られたってこと?
「バーカ。変な勘違いしてんじゃねーぞ。俺がそんなに待てない、って話だよ。
返事保留して、お前が他へ行っちまうかも、って焦っちまうくらいなら、今すぐ答えてやる」
真弘先輩はそう言うと、私の腕を引いた。そのまま、真弘先輩に抱きしめられる。
「俺に、どうして欲しいんだ?」
「えっと・・・。ずっと、傍にいて欲しい・・・です」
「んなの、いつもと変んねーじゃんかよ。そういうんじゃなくて、他にこういうのとか、あんだろ」
そう言うと、唇を重ねる。軽く触れるくらいの、短いキス。
「ずるいですよ、先輩」
拗ねたように言う私に、真弘先輩は小さく微笑むと、もう一度顔を近づける。
今度は、恋人同士の長いキスをするために・・・。
暫くして二人が離れると、真弘先輩が大きな声を出した。
「そういや、腹減ったなー。お前のチョコ、食って良いか?」
「もちろんですよ。あっ、忘れるところだった。美鶴ちゃんからも、預かってるんです」
鞄の中から、美鶴ちゃんから預かった紙袋を取り出す。
「み、美鶴のチョコ?それ、俺が貰わないと、ダメか?」
差し出した袋から遠ざかるように、真弘先輩が一歩後ろに下がる。
「いらないんですか?だったら、もらっちゃおうかな。私もお腹空いたし・・・」
大好きな人が、他の女の子からチョコレートをもらう。彼女としては、あまり嬉しくはない。
「やっぱり俺がもらう!!今までチョコなんて渡したことがない美鶴が、今年に限って
こんなことするなんて、やっぱりおかしい。お前に何かあったら、大変だ!!」
真弘先輩はそう言うと、私の手から、美鶴ちゃんの紙袋を取り上げた。
なんだ。真弘先輩も、他の女の子からのチョコ、欲しいんだ。
「ったく、んな顔してっと、断ったやつ、みんなもらってくるぞ」
「断るくらい、もらったんですか?」
「当ったり前だろー。この鴉取真弘様を舐めんなよ。去年までは、そのままもらっちまったけどな。
今年は、お前がいるから、全部断った。美鶴のは、まぁ、食うのは怖いけど、仕方ねー。
だからお前も、少しだけ我慢しろ」
「美鶴ちゃんのは、もらってくれると、やっぱり私も嬉しいです」
そうだよね。美鶴ちゃんは、守護者のみんなに平等に渡してた。真弘先輩だけが特別な訳じゃない。
「美鶴ちゃんがね。今日は、お夕飯にご馳走を作ってるんですよ。
真弘先輩を誘いたいって言ったら、どうぞって美鶴ちゃんも言ってました。
せっかくだし、お腹空いてるなら、家でお夕飯にしませんか?」
「んー、じゃあ、そうすっか。お前のチョコは、夕飯の後にでも、一緒に食おうぜ。
この後の時間は、お前のために、全部開けてるんだからよ。お前も、ちゃんと付き合えよな」
そして、夕飯の後も一緒に過ごすことを約束して、二人で家路に向かった。
それから後日のお話。
美鶴ちゃんのチョコレートを食べた守護者の中で、唯一真弘先輩だけが、
原因不明の高熱を出し、三日間寝込んでしまったことについては、また別のところで・・・。
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