「チョコレート・ディ」(2)

卓さんの家の前。一瞬、チャイムを押すのを躊躇ってしまった。
こんな早い時間に家を尋ねるなんて、やっぱり非常識かな。
 「おはようございます、珠紀さん。先ほどから、何をなさっているのですか?」
 「卓さん!!お、おはようございます」
門の外を行ったり来たりしていた私は、玄関の前で優雅に佇む卓さんに声を掛けられた。
 「すぐに声を掛けようと思ったのですけどね。
 何だか真剣な顔をして、あっちへ行ったり、こっちへ来たりなさっているので、
 つい、声を掛けそびれてしまいました」
クスクスと笑いながら、卓さんが楽しそうに言う。
いったい、いつから見られていたのだろう?
 「こんなに早くから、すみません。どうしても、今日中に渡したかったんです」
そう言って、鞄の中から紙袋を二つ取り出す。
 「それは?」
 「私からのと、美鶴ちゃんからの、バレンタインのチョコレートです」
そう言って、紙袋を卓さんに手渡した。
 「これを私に届けるために・・・」
 「だって、卓さんには学校では逢えないし、早くもらって欲しかったから」
 「ありがとうございます。貴女のその気持ちごと、確かにいただきました。
 本当に、嬉しく思いますよ。
 それから、言蔵さんにも、後でお礼を言いに行くとしましょう」
極上の微笑みを浮かべてお礼を言う卓さんに、私は一瞬見惚れてしまった。
 「そ、そうしてください。美鶴ちゃんも喜ぶと思うし・・・。
 あ、そうだ。今日、美鶴ちゃんがご馳走作る、って言ってました。
 あの、卓さんも良かったから、お夕飯を一緒にいかがですか?」
美鶴ちゃん、真弘先輩を誘っても良いって言ってたし、人数増えても大丈夫だよね?
せっかくのイベント日。どうせなら、人数多い方が絶対楽しいと思う。
 「そうですね。今日は他に予定もありませんし、お邪魔させていただきましょう。
 ところで、珠紀さん。そろそろ学校へ急がないと、遅刻するのではないですか?」
 「うわっ、もうこんな時間!!卓さん、朝早くから押しかけて、本当にごめんなさい。
 じゃ、いってきます」
私はもう一度頭を下げて卓さんに謝罪すると、学校への道程に向かって駆け出した。
全速力で走ったお陰で、何とか予鈴前には学校に着くことができた。
ゴンッ。昇降口で靴を履き替えていると、後ろから頭を叩かれる。
 「痛っ。もぉー、こんなことするの、拓磨でしょう!!」
振り向くと、そこにはやっぱり拓磨が立っていた。
 「お前がギリギリなんて、珍しいな。今日は、真弘先輩と一緒じゃないのか?」
 「うん。今日は別々だよ」
 「何だよ。喧嘩でもしたのか?」
真弘先輩を探して辺りを見回していた拓磨は、私の言葉に顔を曇らせると、
心配そうな声を出す。
 「違う、違う。ちょっと寄りたいところがあったから、先に行ってもらったの。
 そうだ、ついでだから、ここで渡しちゃおうかな」
そろそろ予鈴が鳴る時刻というのもあって、昇降口には人が殆どいない。
教室や廊下で渡したら、誰かに見られて、また変な噂が広まりそうだしね。
 「はい、これが私ので、それからこっちが”美鶴ちゃんの”だからね!!」
鞄から取り出した二つの紙袋を、拓磨に渡す。
美鶴ちゃんの本命は、きっと拓磨。真弘先輩情報に、嘘はないはず。
他のチョコレートと間違えないよう、私は美鶴ちゃんの分を拓磨に認識させるように
わざと強調して言った。
 「あ、ああ。ありがとな」
 「そのチョコレートには、愛が篭ってるんだからね。心して食べるように!!」
 「わ、判った。判ったから・・・。だから、そんなに近寄るな」
 「あ、あれ?うわっ、ごめん」
力が入り過ぎていたみたい。私は拳を握り締めた姿勢のまま、拓磨に詰め寄っていた。
 「ねぇ、拓磨。今日の夜、暇?美鶴ちゃん、ご馳走作るって言ってたから、
 拓磨も食べにおいでよ。チョコレートのお礼も、そのときに言えるし。ねっ?」
 「ん、判った。行く」
私の誘いの言葉に、拓磨は赤い顔でソッポを向きながらも、ちゃんと答えてくれた。
良かった。これで美鶴ちゃんも喜んでくれるよね。
バレンタインという特別な日に、本命の人に逢えるんだもん。
あっ、それならチョコレートも、そのときに渡したかったかな?
夕飯だけ誘えば良かったのに、私ってば、どうしてこんなに気が利かないの!!
ごめんね、美鶴ちゃん。
 「おい、何を一人で百面相してやがる。急がないと、ホントに遅刻するぞ」
そう言って、拓磨が私の頭をポンっと軽く叩く。でも、今度のは全然痛くなかった。
 
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