「チョコレート・ディ」(1)

2月14日。今日は女の子にとっては、とても大切な日。
大好きな人に、自分の気持ちを伝える日なのだから・・・。
もちろん私だって、昨日からずっと準備してたんだよ。この日のために。
 「美鶴ちゃーん、ごめん。私、もう行くねー」
出かける仕度を整えた私は、台所で片付け物をしている美鶴ちゃんに、
玄関先から声を掛けた。
 「今日はお早いのですね。鴉取さんと、待ち合わせですか?」
洗物の手を止めて、美鶴ちゃんが慌てて走ってくる。
 「ううん、今日は他に寄るところがあるから・・・。
 真弘先輩には、先に行っててもらうことにしたの」
朝早くに訪ねるのは申し訳ないけれど、卓さんの家に寄りたかったんだ。
最近は、巫女修行の他に、術の稽古も付けてもらっている。
そんな卓さんに、お世話になっている日頃の感謝を込めて、
チョコレートを渡そうと思って・・・。
他のみんなには学校で逢えるけれど、卓さんだけはムリだから。
 「そうですか。よく、鴉取さんが怒らなかったですね」
 「うーん、実は、怒られちゃったんだ」
それはもう、見事なぐらいの拗ねまくり、だった。
それでも、『放課後の真弘先輩の時間を、全部私にください』、って
お願いしたら、すぐにいつもの真弘先輩に戻ってくれたから良かったけど。
 「珠紀様を怒ったのですか!!
 そんなことくらいで怒るなんて、鴉取さんたら、何て心の狭い・・・」
ブツブツと呟いたかと思うと、美鶴ちゃんは思い出したかのように尋ねる。
 「あの、珠紀様。私の分のチョコレートは、お持ちいただけましたか?」
 「もちろんだよ。ちゃんと、みんなに渡してくるから、安心して」
昨日、二人で作ったチョコレート。
美鶴ちゃんも、守護五家一人一人の分を用意していた。
 「ラッピングに、お名前を書いておきました。
 渡す相手を、どうかお待ちがえのないように、お願いします!!」
 「う・・・うん。中味、全部違うの?」
何となく、美鶴ちゃんの気迫に押されてしまった。随分、気合が入ってるよね。
 「え、ええ。大蛇さんは大人な方ですから、アルコールを少々使っておりますので。
 他の方が手にされて、学校で開けられると、色々問題がおありでしょうし・・・。
 他にもその・・・」
慌てたように話す美鶴ちゃんを見て、私はあることに思い当たった。
そっか。あの中の一つに、本命チョコがあるんだ。気持ちを混めて作ったチョコだもん。
他の人にそれが渡っちゃったら、それはやっぱり悲しいよね。
間違えないように、渡す前にちゃんと確認しておかなくちゃ・・・。
 「大丈夫、任せておいて!!美鶴ちゃんの気持ちは、私がちゃんと届けるから」
 「あの、それはどういう・・・?も、もしかして、珠紀様、何か誤解を・・・」
 「大丈夫だって、ちゃんと判ってるから。それより、はい、これ」
にっこり笑って確約すると、赤い顔で否定する美鶴ちゃんの手に、ピンクの紙袋を渡す。
 「最近は、友チョコってのが流行ってるんだって。だからこれは、私から美鶴ちゃんに」
 「珠紀様のチョコ!!私にもくださるんですか?まぁ、どうしましょう。私にまでなんて。
 これは、もしかたら、私にもチャンスが・・・。これを逃したら、きっともう・・・。
 そうだ!!今日のお夕飯は珠紀様のお好きなものを、お作り致します。
 だから、今日はお早めにご帰宅くださいね!!」
そう言って、美鶴ちゃんは私の手を力一杯握り締める。
そ、そんなに喜んでもらえると、渡した甲斐もあるよね。
でも、今日は真弘先輩と約束してるし・・・。
お夕飯までには帰るつもりだけど、真弘先輩も一緒に・・・は、ダメかな。
人数増えちゃうと、やっぱり大変だよね。
 「う、うん。なるたけ、そうするように、頑張ってみる。
 けど、そのお夕飯に、真弘先輩を誘っても、良いかな?」
 「鴉取さんを・・・ですか?まぁ、珠紀様がどうしても・・・と、おっしゃるなら。
 えぇ、”どうしても”とお望みになるなら、仕方ありませんね。連れていらしてください」
美鶴ちゃんの笑顔が、一瞬固まったように見えたのは、気のせいかな?
それに、「どうしても」の部分が、やけに強調されていたようにも感じる。
 「珠紀様。そろそろお出掛けにならないと、間に合わないのではないですか?」
美鶴ちゃんの言葉に、慌てて時計を確認する。
 「いけない、卓さんの家に寄る時間がなくなっちゃう。じゃあ、美鶴ちゃん、行って来るね」
 「はい、いってらっしゃいませ。お気をつけて」
美鶴ちゃんに見送られながら、私は卓さんの家に向かうために、走り出した。
 
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