「記憶」(2)

自宅の居間。卓さん、祐一先輩、拓磨、慎司くん。そして私。
お祖母ちゃんに報告した後、みんなでここに集まってから、
殆ど会話らしい会話もせず、重たい空気だけが漂っていた。
 「・・・私のせいです。真弘先輩が、私なんか庇わなければ・・・」
 「誰のせい、ということでもないでしょう。
 それに、異形の力を持つ鴉取くんだからこそ、肉体的な怪我がなかったとも言えますし。
 もし、珠紀さんに当たっていたら、記憶を無くすだけでは、すまなかったと思いますよ」
沈黙を破った私の言葉に、卓さんが諭すように答える。
 「そうだな。もし珠紀に当たって怪我でもしていたら、真弘は、自分を責めるだろう。
 あいつは、そういうやつだ」
祐一先輩も、私を慰めるように、そう言ってくれた。
みんなが私を気遣ってくれていることが、とても辛い。
責められて、罵られてしまえば、きちんと責任を感じることができるのに・・・。
更に空気が沈んでいく中、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。
 「鴉取さん!!ダメです、まだお休みになっていてください!!」
 「うるせーな。俺はどっこも悪くねーんだよ!!いつまでも寝てられっか!!」
美鶴ちゃんと、真弘先輩の言い争う声が、どんどん近付いてくる。
 「記憶を失っていても、鴉取くんは鴉取くんですね」
苦笑交じりに卓さんが呟く。
 「真弘は演技が下手だ。記憶を失っているというのは、事実だと思うが・・・」
祐一先輩も、呆れた声で続ける。
その時、勢いよく襖が開き、真弘先輩が居間へと入ってきた。
 「おっ、いやがったな。雁首揃えて集まってるってことは、俺の処遇は決まったのか?」
私たちの顔を一通り見回すと、空いた場所を見付けて座り込む。
 「あの俺様な性格、記憶と一緒に忘れちまえば良かったのに・・・」
 「そうですよね。ちゃっかり、珠紀先輩の横はキープしてるし・・・」
拓磨がうんざりした顔をすると、慎司くんも困ったような顔でそう言った。
 「んで、俺はどうすれば良いんだ?」
 「暫くは、この家で過ごしていただきます。
 すぐに記憶が戻るのか、ずっとこのままなのか・・・。
 少し様子を見た方が良い、というのが、ババ様のご指示です」
真弘先輩の問いに、代表して卓さんが答える。
 「そっか。じゃあ、テキトーにやらせてもらうかな。その内、思い出すだろうしよ」
記憶がないことなど微塵も感じさせない調子でそう言うと、もう一度みんなの顔を見回した。
そして、私の顔の前で視線を止めると、大きな溜め息を吐く。
 「あのさ。何でお前だけ、んな顔してんの?」
 「えっ?」
 「他の連中はさ。心配してるっつーより、呆れた顔してんだよな。
 さっき廊下で逢った女も、キャンキャン煩いこと言いながら、やっぱり何処か呆れてた。
 それって、元々の俺が、そういう扱いをされてきたってことだろ。だけど、お前だけは違う」
私は、真弘先輩の言葉を受けて、改めてみんなの顔を見回してみる。
私の顔、みんなと違う?
 「お前だけ・・・、泣きそうな顔してる。・・・そういうの、何か、迷惑」
ズキン。真弘先輩の言葉に、私の心が悲鳴を上げる。
 「ご・・・ごめんなさい」
我慢していた涙が溢れ出しそうになって、私は慌てて居間を飛び出した。
泣きそうな顔ですら迷惑なら、実際に泣いてしまったら、それこそ真弘先輩の負担になる。
 「真弘、今のは言いすぎだ」
祐一先輩の嗜める声を背中に聞きながら、私はそのまま自室へと向かう。
 「ちょっと、待てよ」
部屋の前まで来ると、後ろから真弘先輩に呼び止められた。
 「ごめん・・・なさ・・・。私・・・迷惑・・・」
泣き顔を見られたくなくて、私は振り向くことができなかった。
 「わりぃ、言葉、間違えた。迷惑に思ってるとか、本当はそうじゃないんだ。
 お前の、そういう顔見るとよ。何か、すげー大事なこと、忘れちまってるみたいで、
 気持ちが焦る。不安になる。思い出せない自分に、無性に腹が立つ」
 「真弘・・・先輩」
真弘先輩の言葉に、私は漸く振り向くことができた。
 『人を好きになるのは、頭で考えてするもんじゃない』
真弘先輩に言われた言葉を、思い出す。
私のことは、真弘先輩の記憶からは消えてしまっていたけれど、
頭ではない別の何処かに、まだ残っているのかもしれない。
 「それから!!お前が傍にいないっつーのも、何となく気分が悪い。
 何でだか判んねーけどよ。だから、俺がここにやっかいになってる間は、
 お前を、俺様専属の世話係に任命してやる。だから、俺の傍から離れんじゃねー」
言いたいことはすべて言い切った、という満足そうな顔をすると、
戻るぞ、と一言呟いて、私の手を引くように居間へと戻っていった。
 
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