「襲来」(2)

真弘先輩が目を覚ましたのは、午後の授業が始まって大分経った頃。
眠っていたせいか、真弘先輩の顔色も、さっきよりは随分良くなった気がする。
 「何で起こさなかった!!」
と怒る元気すら、少しは出てきたくらいだし・・・。
とりあえず、『体調が思わしくないので、家まで送って欲しい』、と嘘の言い訳をして、
真弘先輩を家まで連れて行くことにする。
私たちの帰りを待っていてくれた美鶴ちゃんは、事前に祐一先輩から連絡をもらっていたらしい。
渋る真弘先輩を引き止め、一言の反論も許さずに、そのまま布団に寝かせ付けてくれた。
 「ありがとう、美鶴ちゃん」
 「いえ、私にできることはこれくらいですから・・・」
美鶴ちゃんの言霊のお陰で、真弘先輩の怪我も回復に向かっている。
このまま一晩眠っていてくれたら、きっといつもの元気を取り戻してくれるだろう。
 「あの・・・珠紀様。お願いがあります。鬼崎さんのところへ、行かせていただけないでしょうか?
 あの方も、鴉取さんと同じように大怪我をされたと、狐邑さんからお聞きしました」
不安そうな顔で懇願する美鶴ちゃんに、私は大きく頷いていた。
 「もちろんだよ。拓磨のところへ行ってあげて、美鶴ちゃん」
 「ありがとうございます。それでは、鴉取さんの看病を、お願いしますね」
 「うん、任せておいて」
足早に出かけていく美鶴ちゃんを見送って、私は真弘先輩の枕もとに腰を下ろす。
真弘先輩の顔を覗き込むと、その青白い顔色が、出血の多さを物語っていた。
 「何で・・・こんなになるまで、・・・戦ったりするんですか?」
ポタリ、ポタリ。真弘先輩の頬に、涙の雫が落ちる。
 「私では、真弘先輩の役には・・・立たないのかも知れない。
 でももし、私に力があるのなら・・・。どうか、真弘先輩を助けて・・・」
美鶴ちゃんのような言霊の力は、私にはない。
けれど、真弘先輩を助けたいという気持ちだけは、誰にも負けたりしない。
私はその気持ちを力に換えて、真弘先輩の唇にそっと口付けを交わす。
お願い、神様。私の大切な人を護って・・・。
それから私は、真弘先輩を残して、部屋を抜け出す。
ずっと下を向いていたせいか、立ち上がったときに、一瞬目眩を起こしかけたが、
すぐに治まってくれた。
 「真弘先輩の看病、美鶴ちゃんと約束したけど・・・。ごめん、破っちゃうね」
真弘先輩を一人で残しておくのは心配だったけれど、でも、私だけじっとなんてしてられない。
きっと今ごろ、祐一先輩も慎司くんも、卓さんと一緒に、今後の対策を練っているはず。
それなら、真弘先輩に怪我をさせた相手が誰なのか、次の行動が決まるまでに私が突き止めておこう。
戦いになってしまったら、きっと私では役に立たないから・・・。
私にできることがあるのなら、すべてやっておきたい。
先走る気持ちを抑えるように、足取りに力を混めて前へ進む。
バチッ!!
参道を抜ける階段付近まで来たとき、まるで電気に触れたような衝撃を身体に受ける。
 「何、これ?・・・もしかして、結界?」
見えない壁のような結界が、神社一帯を覆っていた。
この結界、私やお祖母ちゃんのものとは、微妙に違う。
多分、これは美鶴ちゃんが施した術。
きっと、家に残っている私たちの身を案じて、外敵から護るために張ってくれたんだ。
 「ごめんね、美鶴ちゃん。少しの間、私を外に出させて・・・」
結界の解除方法は、既に習得している。強引な方法ではあるけれど、他に術はない。
結界ギリギリの部分に手を添える。それから、結界に意識を同調させ、私自身を結界の一部とする。
更に、同調するほんの僅か手前で、少しずつ意識をずらしていく。
少しずつ、少しずつ、ゆっくりと・・・。すると、目に見えない結界の壁に、僅かな隙間が開く。
その一瞬を見逃さず、私は結界の外へとすり抜けることに、成功した。
 
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