「襲来」(1)

真弘先輩の様子がおかしい。
朝、迎えに来てくれたときから、何だか元気がなかった。
いつもなら、他愛のないおしゃべりをしつつ、学校までの道のりを歩くのに、
今日は私の話に相槌を打つだけ・・・。
廊下で擦れ違ったときも、何だかんだと構ってくれていたのに、
今日は軽く手を上げるだけで、そのまま去って行ってしまった。
 「珠紀先輩、今日は一人なんですか?拓磨先輩、どうしたんです?」
お昼休みの屋上。
いつもは一緒に来るはずの拓磨がいないことに気がついた慎司くんが、
不思議そうに尋ねてくる。
そう、おかしいのは真弘先輩だけじゃない。
病気とは縁のなさそうな拓磨までもが、今日は学校を休んでいた。
 「おい、珠紀。お前、こっち来て、俺の隣に座れ」
いつものテーブル席に座ろうとしていた私を、真弘先輩がフェンスの前で呼ぶ。
 「悪いな、慎司。お前も、こっちで飯、食ってくれ」
テーブル席に慎司くんが一人になってしまうことを気遣って、
真弘先輩は慎司くんにもそう声を掛けた。
 「・・・?」
私と慎司くんは、どちらからともなく目を合わせると、真弘先輩の言葉に従う。
真弘先輩の横に座ると、先輩はそのまま体重を預けるように寄りかかってきた。
 「ちょっと、悪い。チャイム鳴ったら、起こせな」
 「ま、真弘先輩?いったい、どうしたんですか?」
私の慌てた声も、真弘先輩の耳には届いていなかった。
ぐったりと凭れ掛かる真弘先輩は、すでに意識がないように見える。
 「祐一先輩!!真弘先輩、どうしちゃったんですか?」
朝からずっと様子のおかしかった真弘先輩に、不安を募らせた私は、
祐一先輩に救いの手を求めた。
 「そうか。珠紀にも、何も言っていないんだな。真弘は・・・。
 すまんが、答えてやれることはない。俺も、何も聞かされていないんだ」
 「祐一先輩も、知らないんですか?」
 「ああ。だが、一つ気になっていることはある。
 ここへ来る前、真弘が保健室へ入るところを見た」
祐一先輩はそう言うと、真弘先輩の上着の前を肌蹴させる。
 「・・・やはりな」
下に着ていたワイシャツに、薄っすらと血が滲んでいた。
 「真弘先輩に、こんな怪我を負わせられるなんて、いったい・・・」
 「そうだな。相手は多分、人間ではないのだろう」
慎司くんと祐一先輩の会話が、何処か遠い場所で交わされているような気がした。
目の前の光景が、夢の中の出来事のように、まるで現実感がない。
真弘先輩が、怪我?どうして?だってもう、鬼斬丸はないんでしょう?
 「もしかして、拓磨先輩が休んでる理由も・・・」
 「同じ敵と遭遇したんだろうな。・・・珠紀、大丈夫か?」
祐一先輩に肩を叩かれて、ようやく現実世界へと戻ってくる。
気がつくと、私は涙を零していた。
 「誰が、いったい、真弘先輩をこんな目に・・・」
 「それは、俺にも判らない。珠紀は、真弘が目を覚ましたら、
 何でも良いから理由を付けて、二人で宇賀谷家へ帰れ。
 軽い怪我なら守護者の力で治癒できているはずなのに、この出血だ。
 相当の怪我を負っていると見て良い。美鶴の力を借りる必要があるだろう」
 「祐一先輩は?」
 「俺は、今後のことを大蛇さんと相談してみる。
 真弘や拓磨を倒したとなれば、相手は相当な力の持ち主だ。
 そんなやつを、村に入れるわけにはいかないからな」
 「祐一先輩、僕も行きます。僕だって、ちゃんと役に立ってみせますから」
祐一先輩の言葉に、慎司くんも声を上げる。
 「そうだな、慎司。俺と一緒に大蛇さんのところへ、頼む」
祐一先輩も、そんな慎司くんの申し出を、快く受け入れた。
 
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