「ねがいごと」(2)

本堂の前までやって来ると、その辺りだけやけに賑わっている。
参拝のために並んでいる列とは、明らかに違っていた。
あの中心に、喧嘩をしている参拝客と、それから真弘先輩がいるはず。
 「すみません、ちょっと通してください。通して・・・」
人を掻き分けて何とか前に進むと、ようやく暴れている人達が見えるところまでやってきた。
 「だーかーらー、大人しくしろって!!」
人垣の向こうから、真弘先輩の声が聞こえた。あそこに、真弘先輩がいる。
私は、喧嘩を止めるべく、声のした方へと進んでいった。
 「うるせー!!部外者は引っ込んでろ!!」
バシッ!! 怒声の後に響いた音。一瞬、視界が真っ白になった。
暫くして、戻ってくる感覚。頬が、焼けるように熱い。
私、殴られちゃったんだ。ノロノロとした動作で、頬を触る。
 「この野郎!!珠紀に、何てことしやがる!!」
 「わー、弾みだ、弾み!!わざとじゃねーって!!」
 「うるせー!!お前、絶対許さねーからな!!」
止まっていた時間が動き出す。ざわざわとした、周囲の声も聞こえてくる。
私を殴ってしまった参拝客に向かって、真弘先輩が拳を上げるのが見えた。
 「止めろ、真弘。今は、そんなことをしている場合では、ないだろう」
 「離せよ、祐一」
いつの間にか現れた祐一先輩が、暴れる真弘先輩を抑えるように、
後ろから羽交い絞めにする。
 「そうですね。まずは、珠紀さんの手当てが先でしょう。さぁ、行きますよ」
そして、私の背中を支えるように、卓さんが立っていた。
私は、卓さんに促されるまま、人垣の外へと歩き出す。
 「それから、ここは神様がいらっしゃる神聖な場所ですよ。
 みなさんも、慎みある行動をしていただかなくては困ります。よろしいですね」
喧嘩をしていた参拝客に向かって、卓さんが厳しい言葉を掛ける。
今まで暴れていた人達も、卓さんの言葉に従うように、冷静さを取り戻してくれた。
 「あの・・・。悪かったな、嬢ちゃん。本当にわざとじゃねーんだ。許してくれな」
私を殴ってしまった参拝客も、神妙な顔で謝ってくれる。
 「こんなの、全然平気ですよ。でも、もう喧嘩はダメですからね」
暴れているところに入っていくのだから、こうなる覚悟はしていたつもりだった。
だから、誰が悪いわけでもない。私は、参拝客に心配させないよう、笑ってそう言った。
口の中、少し切っちゃったのかな。言葉を話すたびに、鉄の味がする。
その後、卓さんに支えられたまま家に戻った私を、美鶴ちゃんが手当てしてくれた。
 「まったく、鴉取さんは考えがなさすぎます!!」
手当てをしてる間中、美鶴ちゃんは真弘先輩に小言を言い続けていた。
傍で、シュンっとなっている真弘先輩が、ちょっと可哀想になってくる。
 「あの、美鶴ちゃん。今回のことは、私が悪かったんであって、真弘先輩は何も・・・」
 「いいえ、鴉取さんが悪いんです!!参拝客と喧嘩なんて、信じられません」
美鶴ちゃんはそう言い切ると、ツンっとソッポを向いてしまった。
 「いいんだ、珠紀。本当に俺が悪い。・・・すまん」
私の隣に座っていた真弘先輩は、謝罪の言葉を口にすると、項垂れたまま動かなくなる。
ど、どうしたら良いんだろう?いつも明るい真弘先輩が、こんなに落ち込んでいる。
元気付けてあげたいけど、私が何か言っても逆効果な気がするし・・・。
私は、助け舟を求めて、周りを見回してみた。
テーブルの向こうで、優雅にお茶を啜っている卓さん。目、合わせてくれない。
その横に座っている祐一先輩は、膝に乗せているおーちゃんに夢中だし・・・。
反対側に座っている拓磨と慎司くんは、心配顔でこっちを見てはいたけれど、
私と目が合うと、スッと反らされてしまった。美鶴ちゃんは、さっきから怒ったままだし。
居間の中を、気まずい空気が流れていく。
そんな中、新年の訪れを知らせる柱時計の音が響いてきた。
 
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